ノーベル賞候補 注目の研究-光遺伝学(オプトジェネティクス)




光遺伝学(オプトジェネティクス)は、近年、非常に注目を浴びている分野で、多くの研究者達によってさまざまな研究が行われています。

私達のさまざまな動き(感覚、行動、思考など)は神経に支配されていて、神経細胞からなっています。個々の神経細胞は、特定の刺激のみに反応し電気信号に変換します。神経細胞はそれぞれで役割が決まっていて、感知する刺激は異なります。

目的となる神経細胞を選び活性化させることができれば、人為的に神経細胞を操作する事が可能になります。光をあてて神経細胞に同じような電気信号を発生させ、操作する技術が光遺伝学です。

この技術はさまざまな神経細胞にも対応できます。目的となる神経細胞だけ選んで、強制的に活動(もしくは抑制)させることもできます。光を使って神経細胞の動きのスイッチをON/OFFにするイメージになります。

光感受性タンパク質とは



この技術に重要になるのが、光を感じることができる光感受性タンパク質(チャネルロドプシン)と言われものです。

特定の神経細胞に、遺伝子操作によって光感受性タンパク質を組み込みます。その上で、特定の光をあてる事によって、特定の神経細胞を活性化もしくは抑制化することができるようになります。

この光遺伝学は画期的な技術で、正常に機能しなくなった神経細胞の活性化や抑制による神経疾患(例えば、うつ病、PTSD、アルツハイマー、パーキンソン病、強迫神経症、不安神経症等)の治療法として期待されています。

現在、光遺伝学は急速なひろまりをみせています。さまざまな実験が日夜行われているといっても過言でないくらい、まさに、日進月歩の最先端技術なのです。この光遺伝学を考案したのがスタンフォード大学のカール・ダイセロス教授です。

光遺伝学とカール・ダイセロス教授


微生物学の世界においては、1970年代前半から光感受性イオンチャネルが研究されていました。イオンチャネルとはバクテリアから高等動物まで、あらゆる細胞に存在するタンパク質で、細胞膜の内外のイオンの通り道です。

細胞膜に多く存在するイオンチャネルは刺激による開閉機能を持っていますので、細胞内外のバランスが保たれています。特に、光によって活性化される事が研究、報告されていました。

1980年代前半に緑藻類クラミドモナスは光に対して反応を示します。これは、光感覚器官である眼点に存在する微生物型ロドプシンを介した反応であると報告されました。ロドプシンとは光受容器細胞に存在する色素です(人間だと目の網膜に存在します)。

2002年から2003年にかけて、緑藻植物が持つ色素たんぱく質のチャネルロドプシン1(ChR1)およびチャネルロドプシン2(ChR2)がイオンチャネル型(光によって反応する)の光感受性タンパク質であることが報告されました。

ここまでは微生物学の話になります。神経科学と無縁の話です。この異なる世界を結びつけたのがカール・ダイセロス教授です。

カール・ダイセロス教授は精神科医でもありました。治療が難しい精神病に対する問題意識を持ち、発症するメカニズムを探求していました。


そして、光感受性タンパク質を応用することに着目したのです。2005年にレンチウイルスベクターを用いてチャネルロドプシン2を送り込み、それに光を使用することで神経活動の活性化を促すことを実証しました。

レンチウィルスベクターとは、病原性に関係する遺伝子を取り除いたウィルスを目的遺伝子へ組み込む手段です。ウイルスベクターは、いくつかの手法がありますが、レンチウィルスベクターを使用すると長期的に安定した状態で取り込ませることができます。

この技術は2006年に光学的手法と遺伝子操作の組み合わせから(「Opto=光の」+「Genetics=遺伝学」)、光遺伝学(オプトジェネティクス)と名付けられました。

2007年には生きて動いている動物の行動を、光で操作することにも成功し、神経活動と行動にどのような関連性があるのか因果関係を調べることができるようになりました。

この光遺伝学による研究手法は、ネイチャーメソッドにより「メソッド・オブ・ザ・イヤー2010」に選ばれています。カール・ダイセロス教授の研究はノーベル賞の受賞が確実とまでいわれる画期的かつ先見的なものです。

Method of the Year 2010: Optogenetics – by Nature Video

movie by nature video

光遺伝学を用いたさまざまな研究


先に述べましたが、光遺伝学は、多くの研究者達によって、さまざまな研究が行われています。その中のいくつかをピックアップしてみます。数多くの研究がされていますので、きわめて一部にすぎません。

 

光スイッチでマウスのノンレム睡眠誘導に成功(2011年-生理学研究所)
マウスを使ってオレキシン神経(脳の覚醒に関係している神経細胞)の活動だけを抑え、マウスの睡眠と覚醒を操作することに成功しました。これにより、オレキシン神経が長期的になくなっていくナルコレプシーのメカニズムの解明が進むと期待されます。また、睡眠障害の治療にも期待されます。

 

光遺伝学で神経伝達物質ドーパミンを刺激(2012年-ルンド大学)
パーキンソン病は神経伝達物質ドーパミンを作る脳細胞の機能低下で発生します。神経細胞に光を照射して刺激し、ドーパミンを増やす研究が進められています。将来的に、パーキンソン病の新しい治療方法の確立を目指しています。

 

記憶の曖昧さを光と遺伝子操作を使って証明(2013年-理化学研究所)
マウスに光遺伝学による記憶の曖昧さの実験を行い記憶の曖昧さを実証しました。この研究により、人間が、何故記憶違いするかというメカニズムを研究する道筋を示したものになります。

 

攻撃行動を抑える前頭葉の働き解明(2014年-国立遺伝学研究所)
光遺伝学の手法を用いて前頭葉の神経細胞が攻撃行動を抑制することを証明しました。この研究により、人間の攻撃行動の研究の手がかりになると思われます。

 

選択的な記憶操作(2014年-カリフォルニア大学)
ラットに覚えさせた記憶を選択的に操作することにより、記憶を消去したり、思い出させることに成功しました。アルツハイマー病治療への応用できる可能性があります。

 

怖い体験が記憶として脳に刻まれるメカニズムの解明(2014年-理化学研究所)
ラットを使用して、怖い体験を与える時に抑制を行うと恐怖記憶の形成が阻害され、怖い体験を与えなくても、恐怖記憶を形成されることを実証しました。PTSDなど恐怖記憶に起因する疾患の治療への期待できます。

 

光遺伝学による摂食障害の究明へ(2014年-自治医科大学)
摂食は、摂食一時中枢と二次中枢によって制御されていますが、一次中枢のニューロンからの二次中枢室傍への投射が摂食の開始に決定的な役割を担うことが明らかにされました。これにより、摂食障害などの治療への可能性が示唆されました。

 

うつ状態のマウスを改善(2015年-理化学研究所)
うつ様行動を示すようになったマウスに、嫌な出来事の記憶を楽しい出来事の記憶で書換ることに成功しました。これはうつ病の患者が楽しくなくなるなど症状を示すことに対して新しい治療法になる期待が持たれます。

 

光による哺乳類骨格筋の刺激に初めて成功(2015年-ボン大学)
外科的に摘出したマウスの喉頭筋に光パルスをわずか2ミリ秒間照射して刺激することで、筋肉の収縮を引き起こせることを明らかにしました。喉頭麻痺患者に光遺伝学的な刺激法を将来的に適用できるようになる可能性が示されました。

 

光遺伝学でアルツハイマー病の病理変化の解明へ(2015年-東京大学、スタンフォード大学、ワシントン大学)
アルツハイマー病モデルのマウスを使用して、アルツハイマー病の原因とされる物質の増加を確認しました。アルツハイマー病の予防や治療を進めるにあたり有効なについて手がかりが得られることが期待されています。

 

光でがん細胞を遠隔コントロール(2015年-オーストリア科学技術研究所、ウイーン医科大学)
ガン細胞を光で遠隔制御する研究を発表しました。がんなどの変性疾患において細胞の生存と機能を回復させる初めての試みです(光活性化の二量化)。がんの発生のメカニズムの解明や治療への期待が持たれます。

 

光遺伝学で勃起不全(ED)治療に新たなアプローチ(2015年-チューリッヒ工科大学)
光遺伝学の手法を用いて青色光に応答して勃起を起こす働きをもつ遺伝子(EROS)を開発。EROSをラットの陰茎の海綿体組織に導入して青色光を照射して、短時間で勃起が起こることを確認しました。バイアグラなどのED内服薬が心疾患などのため服用できない人への治療効果を期待することができます。

 

サルでドーパミン神経の実験(2016年-ロンドン大学)
サルに対して光遺伝学が使えることを示すために、光遺伝学でドーパミン神経(満足感を感じることができる神経回路)を刺激し、操作することに成功しました。この成功により、マウスでは実現できないような実験が可能なります。

 

脳の仕組みの解明へ(2016年-東北大学、慶応大学)
光遺伝子学の研究は、主に、記憶の謎解明など脳科学研究が先行していました。光遺伝子学の研究により、脳の仕組みが解明されると神経疾患の原因究明につながることになります。この研究によって、脳梗塞やうつ病などで治療法の開発の着手を開始しました。

 

慢性的痛みの処置に光遺伝学(2016年-モントリオール神経学研究所、マギル大学病院)
マウスを使用して、痛みを伝達するニューロンを減少させ、持続効果時間を光の照射時間によってコントロールすることに成功しました。鎮痛剤の代替としての見込みがある事が確認できました。鎮痛剤は耐性ができ、用量を増やさなくてはならないといった副作用があります。これを回避する効果的な方法になり得ます。

 

光遺伝学の応用でトンボの飛行を制御(2017年-The Charles Stark Draper Laboratory)
光遺伝学を応用してトンボの飛行を制御しようとする研究が進められています。トンボに取り付けるために開発されている装置は極めて柔軟で小さなものになります。これを人間に応用できれば、非常に高精度で神経に働きかけるような検査や治療が可能になると思われます。

 

個別の記憶が特定の神経細胞集団によって結び付けられる仕組みを解明(2017年-富山大学)
個別に形成された記憶が何回も同時に思い出される場合に特定の神経細胞集団によって結び付けられる仕組みをマウスでの実験で明らかにしました。これは、過去に経験した記憶に対して、新たな様々な情報(記憶)が結びつけられ、体系化されるからです。今回の実験は、この結びつきを制御できることを実証しました。PTSDなどをはじめとする精神疾患は、記憶の結び付けがうまく行われず、トラウマのような記憶と結びつきます。このような疾患の治療に適用されることが考えられます。

 

光遺伝学の今後


ここまでみてきましたように、光遺伝学は、さまざまな研究機関で多岐にわたる研究がなされています。まだ、動物実験の段階ですが、今後は、人間への臨床段階に進むでしょう。

今まで、原因不明、治療法がないといわれてきた難病の治療から、我々が、日常、経験しうるような病気、もしくは生活習慣まで、すそ野が広がっていく可能性を見てとれます。光遺伝学の研究が進み、臨床的に活用されるようになる日が待ち遠しいと言えます。

光遺伝学の研究が素晴らしい分野な事は間違いありません。しかし、非人道的な行為に使用される可能性も付記します。これは、もろ刃の剣となりうる可能性がある事を示唆します。そのような事があってはなりませんが、それを凌駕する、我々、人類にとって画期的で素晴らしい技術です。

光遺伝学の飛躍的な発展が期待されると共に、現在の私たちが想像できないような医療がひろがるのではないでしょうか。

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました