スポーツと歯科〜マウスガードで外傷を予防しよう〜

■はじめに

近年、マウスガードを使ってプレーするスポーツ選手が多くなってきました。マウスガードは、どうして作られるようになったのでしょうか。そして、その目的は何なのでしょうか。まとめてみました。

 

■スポーツ歯科学ってなに?

スポーツ医学という学問があります。ヒトの身体の仕組みを研究し、スポーツ選手の運動能力を向上させ、効果的な動かし方や、故障の予防や治療を行なうがその目的です。

スポーツ歯科学とは、スポーツ医科学の歯科版です。歯科医学の方面から、全てのスポーツ競技に適切な助言や診査、管理、必要に応じて治療を行なう、そして、専門的な情報を提供するのが目的です。

具体的には、スポーツを通しての国民の健康づくりに貢献すること、スポーツによるお口や歯のケガを未然に防ぐこと、スポーツ選手の運動能力を向上させ、競技力の維持・向上を図ることを目指しています。

 

■スポーツによるお口や歯のケガ

スポーツ歯科学で主に行なわれているのが、スポーツによるお口や歯のケガを防ぐことです。

○お口や歯のケガの割合

実はお口のケガや歯のケガは珍しくありません。

もっとも多いのが、交通事故が原因のケガです。近年はシートベルトの着用率やエアバッグの普及率の上昇によって減少していく傾向にありますが、現在でも交通事故がお口や歯のケガの原因のトップで4分の1から3分の1をしめています。

2番目に多いのが、転倒や転落を原因とするもので、お口や歯のケガ全体のおよそ4分の1ほどを占めております。

この次に多いのがスポーツによるお口や歯のケガになります。

 

○スポーツの種類ととお口や歯のケガ

スポーツによるお口や歯のケガといえば、ボクシングやカラテ、日本拳法といった格闘技やラグビー、アメリカンフットボールなど、選手と選手がぶつかることがあるスポーツが原因であると想像してしまいがちです。

ところが、最も多いのは野球です。競技人口が多いというもの影響していると考えられますが、ボールやバットが顔面にあたってケガの頻度は無視出来ません。近年のサッカー人口の増加により、サッカーでボールや他の選手に当たってケガをするケースも増加する傾向にあります。

意外なところでは卓球も原因のスポーツにあげられます。卓球は、競技中、食いしばった時に自分自身の歯で唇などを噛んでしまうことが原因です。

このように、格闘技系でないスポーツであってもお口や歯のケガを招来することがあり、危険性は無視出来ません。

このスポーツによるケガから、お口や歯を守るのがマウスガードです。

 

○お口や歯のどこにケガが生じやすいの?

唇や頬、舌を噛むことでもお口のケガが生じます。軽い症状なら押さえればすぐ止る程度の出血から、唇を貫通し皮膚にまで達する様な大きなケガまで、ケガの程度はさまざまです。

唇や頬といった軟部組織以外に、歯や顎骨など硬組織のケガもあります。

ヒトの永久歯は、一度失うと二度と生えてくることはなく、欠けても自然に治ることはありません。スポーツでも歯が抜けてしまったり、折れてしまったりすることがあります。

スポーツによるケガでよく抜けたり折れたりするのが、上顎の前歯です。上顎の前歯を失うと、見た目が悪くなりますし、前歯で食べ物を噛み切ることが出来なくなります。声を出す時に空気が抜けてしまうため、はっきりと発音することも難しくなってしまいます。

スポーツが原因で上顎骨や下顎骨の骨折を起こすことも稀ではありません。

上下顎骨の骨折は、下顎によく起こります。骨折を起こす頻度が高い部位は、下顎骨の中でも前歯部や角の部分です。ついで顎関節部の骨折が挙げられます。

顎骨が骨折すると、食事が難しくなること、お口の中の雑菌が骨折部位に感染して化膿するおそれがあることなどから、全身麻酔下での手術をしなければならなくなることがあります。全身麻酔下で手術を受けるために、長期間入院することになるので、学校や仕事に大きな影響が出ます。

なお、こうしたケガは、実は熟練者よりも初心者によく起こるといわれています。

 

■お口や歯のケガからマウスガードで守る

○マウスガードってなに?

スポーツによるお口や歯のケガを未然に防ぐために使われるのが、マウスガードです。マウスガードは、マウスピースやマウスプロテクターともよばれ、ボクシングで使われているものが有名ですが、それ以外のスポーツでも使われています。

マウスガードには、歯科医院で作ってもらうものと、スポーツ用品店などで販売されている既製品のものがあります。

世界で最初のマウスガードは、1892年英国で作られましたものになります。ボクシング選手の依頼に応じてゴムで手作りしたもので、これが最も古いマウスガードだということです。

それまでは、マウスガードを使わないでボクシングをしていたましたが、歯を折ったり、顎骨の骨折を起こすことも珍しくありませんでした。そこで、試合中に受けるパンチの力を弱めるために上下の歯の間にゴムを入れることが考案され、マウスガードが作られました。

 

○マウスガードの目的

マウスガードを装着することで、上顎の前歯など1カ所に集中する力を、歯並び全体に逃すことが出来ますので、歯が抜けたり折れたりするのを防ぐことが出来ます。顎骨の骨折や、外傷性顎関節症という力が顎関節に急激にかかることで生じる顎関節症を予防することも可能です。

マウスガードは、スポーツによるケガから歯やお口を守ってくれます。

 

○マウスガードが義務化されているスポーツ

スポーツには、マウスガードの使用が義務化されている場合があります。具体的にはボクシング・キックボクシング・K−1・カラテの一部・アメリカンフットボール・ラグビーの一部・ラクロス・インラインスケートです。

もちろん、この他のスポーツはマウスガードをしてもしなくても全く関係ないというわけではありません。

アイスホッケーやサッカー、柔道、相撲、バスケットボール、水泳をはじめとしてマウスガードの使用が効果的とされるスポーツはたくさんあるのです。

 

○既製品のマウスガード

スポーツ用品店で販売されているマウスガードは、お湯につけて軟らかくしてから歯にあわせるマウスフォームドタイプが多いです。お湯で軟らかくさせてから作るので、マウスガードでお口を火傷するリスクがあります。歯にピッタリあわせるのも難しいので、外れやすくガタガタしたマウスガードになってしまうことも多いです。

噛み合わせもしっかりあわせにくいので、食いしばって力を入れようとしても難しいこともあります。

 

○歯科医院で作るマウスガードのメリット

歯科医院で作るマウスガードより、既製品のマウスガードの方が安く手に入れられます。

しかし、既製品のマウスガードは、サイズが大きかったり、分厚かったりすることが多く、どうしても違和感が生じてしまったり、話しにくいなど使い勝手が悪かったりします。噛み合わせもきちんと調整することが出来ないので、使っているうちに顎関節症になったり、歯並びに影響が出て噛み合わせに違和感が生じたりすることも珍しくありません。

一方、歯科医院で作るマウスガードは、ひとりひとりにオーダーメイドで製作されます。一人として同じ歯並びをしている人はいませんから、オーダーメイドで作ることにより、市販のものよりもフィット感がとてもいいのが特徴です。厚みも薄く、最小限度の大きさで仕上げることができるようになります。

歯科医師は、噛み合わせの専門家でもあります。歯科医師が出来上がったマウスガードを調整することにより、歯並び全体でしっかりと噛みしめることが出来るようになります。お口や歯を守るためにマウスガードを作っているのに、顎関節症を起こしては意味がありません。マウスガードの噛み合わせを歯科医師が装着時に調整しておくことで、顎関節症を起こしにくいマウスガードになります。

市販されているマウスガードよりも、歯科医院でオーダーメイドで作られたマウスガードの方が、いろいろな点で非常に優れているといえます。

 

■噛みしめと運動能力の関係

最後に、スポーツ歯科学の点から、噛みしめとスポーツについてお話しします。主題のマウスガードとは少し道がそれてしまいます。

現在、スポーツ歯科学では、噛みしめるという行為と運動能力の関係についても研究が行なわれています。

上下の歯で噛みしめる、もしくは食いしばると、全身の筋力を瞬間的に強めることが出来ることがわかっています。重たいものを持ち上げるときなど、上下の歯を噛みしめると、より力を込めやすくなるのはそのためです。

噛みしめる力はとても強く、研究によると健康な成人男性で最大で100[kg]、平均すると約60[kg]もの力で噛みしめることが出来ます。これほどの力がかかると、場合によっては歯が割れたり折れたりすることもあります。

マウスガードには、噛みしめの力から歯を守る作用もあります。マウスガードを使うことで、瞬間的に筋力を強めたいときに、強い力から歯を守ることができます。

ところで、噛みしめるという動作には、全身の筋肉を強ばらせるので関節を固定させる効果もあります。関節を固定するということは、身体そのものをしっかり固定させることにもなります。すなわち、噛み締める動作が身体を安定させることにつながります。

ところが、身体を固定させることは、素早い動きが必要とされる場面では、逆効果になってしまう可能性が考えられます。

スポーツといっても様々な種類があり、それぞれ特徴が異なります。向上させたい身体能力についてもスポーツによって異なります。噛みしめるという行為が運動能力を向上させることに寄与しているかという点については、研究途上であり、結論がまだ出ていません。

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