[難病アレキサンダー病の原因分子の特定される]
厚生労働症の難病指定されている治療法が確立されていない難病のひとつであるアレキサンダー病。非常にまれな病気で日本での患者数50人前後といわれています。
理化学研究所は2018年2月にマウスを使った実験でアレキサンダー病の進行がどのようなメカニズムで引き起こされるのか明らかにしたと発表しました。
研究は理化学研究所、山梨大学、京都府立医科大学、慶應義塾大学の共同研究によるもので研究結果についてはアメリカの科学誌「GLIA」に「Aberrant astrocyte Ca2+ signals“AxCa signals”exacerbate pathological alterations in an Alexander disease model」として掲載されています。
実際の研究結果に入る前にアレキサンダー病についてみてみましょう。
[アレキサンダー病はどのような病気なの]
アレキサンダー病は1949年にアレキサンダーという医師に発見された遺伝子の異常から脳の神経細胞に障害を起こす進行性の病気です。
以前は脳の病理組織検査が必要なために非常に診断がむずかしい病気でした。2001年に特定の遺伝子の異常があることが報告されてから頭部MRI検査と遺伝子検査で診断が可能になりました。アレキサンダー病には3つのタイプがあります。
大脳優位型 | 主に乳幼児期に発症します。新生児にも発症することがあります。新生児の場合には水頭症と難治性のけんれんがみられ不幸な転帰の場合が多く、乳幼児の場合の予後もかんばしくありません。頭が大きくなる大頭症、けいれん、精神発達および運動発達遅延が三大症状です。 |
延髄・脊髄優位型 | 発症年齢は学童期から大人までと幅が広く発症します。代表的な症状は手や足の筋力低下やマヒ、ものが飲み込みづらくなるなどです。からだのバランスがとりにくくなる運動失調、立ちくらみなど自立神経障害があらわれる場合もあります。大脳優位型の症状はほとんどみられません。症状の進行は比較的に緩やかに進みます。 |
中間型 | 大脳優位型と延髄・脊髄優位型のそれぞれの特徴的な症状を1つ以上認める場合が中間型です。大脳優位型の患者さんが長期生存していく過程で延髄・脊髄優位型に移行する場合と乳幼児期に大脳優位型の症状が強くなく成長していく過程で延髄・脊髄優位型の症状あらわれる場合があります |
-アレキサンダー病の原因はなに-
アレキサンダー病は脳のグリア細胞のひとつである「アストロサイト」にある「GFAP」というたんぱく質に関連する遺伝子の異常により起こる「遺伝子が原因の病気」です。
わたしたちの脳は1000億個以上のニューロン(神経細胞)とその10倍以上あるグリア細胞から成り立っています。グリア細胞の役割を簡単にいうと神経細胞の生存や発達のために脳内環境の維持と代謝のサポートを行っています。
数種類あるグリア細胞のひとつであるアストロサイト(上図の赤い部分)の役割は神経細胞に栄養を与える、不要な物質などを除去して神経細胞の生存と働きを助け、神経細胞同士の伝達効率や脳の血流の制御といった脳にとって基本的に大事な役割を果たしています。
GFAPはアストロサイトの細胞に現れるたんぱく質のことです。重要な役割を持っているアストロサイトにあるGFAPに異常が起きるためにさまざまな症状があらわれます。
-遺伝との関連は-
アレキサンダー病の原因は遺伝子の異常。気になるのが「遺伝」との関連性ですよね。両親のどちらかがアレキサンダー病を発症していた場合には理論上は50%の確率で子供に遺伝します。
一般的に遺伝子に関連する疾患は遺伝子異常があれば100%の確立で発症すると考えられています。しかしアレキサンダー病の場合には遺伝子異常があっても発症しないことがあること知られていて100%発症するとは限りません。
両親が異常な遺伝子を持っていなくても発症することも多くみられます。遺伝子の突然変異によって発症すると考えられています。突然変異は誰にでも発症する可能性がありますが原因はわかっていません。
-治療方法はあるの-
現時点では確立した治療方法はありません。治療はけいれん発作に対しての抗てんかん薬などの対症療法が中心になります。症状が安定している場合には通院治療を行い、症状が重い場合には入院治療を行います。
このような難病であるアレキサンダー病について研究で判明したことははたしてなんでしょうか。
[研究でわかったことは]
治療法が確立されていないアレキサンダー病は遺伝子の変異が発症に関連することはわかっていました。しかし、遺伝子異常からどのように病気が発症して進行していくのかは不明のままでした。今回の研究ではどのように進行していくかのメカニズムの一端があきらかにされました。
―「AxCaシグナル」の発見―
この研究ではモデルマウスとして乳児期に発症する患者で比較的多い変異を持ったGFAP遺伝子のトランスジェニックマウスを使用しました。トランスジェニックマウスとは人為的に実験用に遺伝子操作したマウスのことです。
モデルマウスのアストロサイトを観察すると以上で巨大な興奮性のある「Ca2+シグナル」が高い頻度で発生することが確認されました。
わたしたちは周囲のいろいろな環境に適応して生きています。このことはひとつひとつの細胞においても同じです。そのためになんらかの形で細胞間の情報伝達を行う必要があります。
この情報伝達はシグナル伝達と呼ばれて「シグナル分子」といわれるものによって行われます。「Ca2+シグナル」そのようなシグナル分子のひとつで細胞内のCa2+濃度によって細胞間においてさまざまな情報を伝える役目を担っています。
※「Ca2+」はカルシウムイオンのことでわたしたちのからだの中でいろいろな働きをしています。脳内では細胞機能を制御することなどに欠かせないものです。
モデルマウスのCa2+シグナルはとくに巨大で特徴的なことから「AxCaシグナル(aberrant extra-large Ca2+signals)」と名付けられました。
AxCaシグナルの活動レベルはアレキサンダー病の指標の1つであるGFAPの発現レベルがいちじるしく上昇すること、遺伝子型で週齢に従って上昇することが確認されました。
薬理学的な実験からはAxCaシグナルは細胞内のCa2+の貯蔵に依存することも明らかとなりました。
―アレキサンダー病の重要な因子は―
細胞内に貯蔵されたCa2+の放出を担う機能を持つタンパクに関連する遺伝子を欠損させて機能しないようにしたマウス(このようなマウスをノックアウトマウスといいます)はCa2+シグナルが大きく減少することが知られています。
このノックアウトマウスとアレキサンダー病のモデルマウスを交配させる実験も行われました。交配させたマウスではCa2+放出が減少することからAxCaシグナルも抑制され、その結果GFAPの発現も抑制されていることが分かりました。
この検証の結果から「AxCaシグナル」はアレキサンダー病において重要の因子であることが確認されました。
-研究成果のまとめと今後に向けて-
研究の成果をまとめてみましょう。
・アレキサンダー病にはアストロサイトの異常なCa2+シグナル活動である「AxCaシグナル」が関与している。
・異常なCa2+シグナル活動を抑制することでGFAP遺伝子異常が存在しても病気が抑制できる可能性がある。
AxCaシグナルがどのように発生するか、GFAPなどの病態関連の発現を誘導するより詳細なメカニズムが解明され、そのメカニズムのコントロールが可能な薬物などの研究が進むことでアレキサンダー病の治療への道筋となることが期待されています。
今回の研究をきっかけにしてアレキサンダー病の発症を防ぐことや病気の進行を止めることができる可能性がでてきたといえるでしょう。
むずかしい話が続いてしましたがアレキサンダー病を含めたいろいろな病気の研究が日々行われていることがうかがい知ることもできます。治療方法が確立されていない病気が解明されていくことが予感されることではないでしょうか。
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