モルヒネの100倍の鎮痛効果!? 依存性や副作用もほとんどない「AT-121」とは

アメリカのWake Forest Baptist Medical Center、和歌山大学らの共同研究チームは、従来のオピオイド鎮痛薬と比較して鎮痛効果がより強力で安全性が高い新しいオピオイド鎮痛薬となる化合物「AT-121」の開発に成功したと発表しました。

アメリカでは、オピオイド鎮痛薬が適正使用量の2倍も使用されていて過剰摂取による死亡者数が年間で約5万人にもなることから、「オピオイド危機」といわれるほど社会問題となっています。

日本では、副作用の懸念から使用を躊躇することが多いといった報告もあります。

このような背景も踏まえ、従来のオピオイド鎮痛薬に代わる鎮痛効果と安全性が高い新しいオピオイド鎮痛薬として開発されたのが「AT-121」です。

AT-121をみていく前に、従来のオピオイド鎮痛薬からみていきましょう。

従来のオピオイド鎮痛薬の安全性は

従来のオピオイド鎮痛薬は「モルヒネ、オキシコドン、フェンタニル、レミフェンタニル」などのことです。

モルヒネphoto by wikimedia

オピオイド鎮痛薬は、細胞表面にある受容体タンパク質のひとつである「オピオイド受容体」に作用します。

※受容体とは細胞外から何らかの刺激を受け取って細胞内で情報として利用できるように変換する仕組みのことです。オピオイド受容体以外にもいろいろな受容体が知られています。

オピオイド受容体には3種類のサブタイプがあって、オピオイド鎮痛薬が作用するのはその中の「μ(ミュー)受容体」です。

μ受容体は、「鎮痛や多幸感」などに関与するμ1受容体と「呼吸抑制、掻痒感、鎮静、依存性形成」などに関与するμ2受容体の2種類があります。

オピオイド鎮痛薬は、両方の受容体に作用することから「強い鎮痛作用や鎮静作用」を持つと同時に、副作用として「呼吸抑制、掻痒感、依存性、便秘、嘔吐、悪心、眠気」や薬に対する耐性が出現することが知られています。

医療現場では、オピオイド鎮痛薬は手術やがんの疼痛など強い痛みの管理には欠かせないものです。適正に管理して使用している範囲ならば、有効な鎮痛薬であることが認められています。

しかし、依存性や耐性があることから過剰摂取してしまうと昏睡や呼吸抑制を引き起こして、命に関わることがあります。逆に少ない量では、患者さんの痛みの管理が十分に行えない場合があります。

患者さんを痛みから副作用の心配をせずに解放できる薬があれば、医療機関も患者さんも安心して使用できますよね。このような薬になる可能性があるのがAT-121になります。

AT-121と従来のオピオイド鎮痛薬の違いとは

AT-121の特徴は、オピオイド受容体だけではなく「ノシセプチン受容体」にも作用することです。

写真はイメージです。photo by pixaboy

ノシセプチン受容体は、3つの型があるオピオイド受容体と同じ種類に属します。依存感情を含めたさまざまな中枢作用の活動の制御に関与しています。

また、疼痛域値調節作用があって、用量によって鎮痛作用のみならず発痛作用へもシフトすることが知られています。

ノシセプチン受容体が持つ鎮痛作用と制御する働きを利用することで、オピオイド受容体の鎮痛作用を増強しつつ、お互いに拮抗させることで副作用を防ぐことが期待できます。

それぞれの受容体の作用が強く働くと有害な作用がまさってしまうために、弱い作用で両方の受容体をうまく機能させる必要があります。

研究チームは、ノシセプチン受容体に結合する化合物からオピオイド受容体にも親和性を示す化合物を選び出して研究を重ねた上で、弱い作用で両方の受容体に機能する「AT-121」を開発しました。

AT-121の効果は高い鎮痛作用と安全性です

AT-121の効果を確認するためにアカゲザルを使ってさまざまな観点から検証が行われました。検証結果をみていきましょう。

写真はイメージです。photo by pixaboy

◇AT-121とモルヒネで、アカゲザルの尾を50℃の温浴をさせた時に逃避行動を起こすまでの時間から鎮痛効果と耐性、アカゲザルの引っ掻き行動の回数から掻痒感を検証。

→鎮痛効果は、モルヒネの1mg/kgに対してAT-121は0.01mg/kgと100倍の効果を示した。モルヒネで形成されてしまう耐性はAT-121ではほとんどみられなかった。

→モルヒネでは高く出現した掻痒感が、AT-121では鎮痛薬を投与していない群と比較してほとんど同じだった。

◇AT-121とオピオイド鎮痛薬で依存性が高いオキシコドンで、アカゲザルにボタンを押すと静脈内カテーテルから薬が注入されるようにして精神的依存性の検証。

→AT-121では精神的依存性はみられず、オキシコドンでは精神依存がみられた。また、オキシコドンで形成された精神的依存がAT-121を使用することで低下した。

◇アカゲザルの腹部に送信機を留置きして呼吸数、血圧、心拍数などを測定して急性毒性および身体的依存を検証。

→AT-121を通常の鎮痛用量の10倍投与しても呼吸抑制や循環器系への有害作用は認められなかった。

→モルヒネでは生じた身体的依存が、AT-121を反復投与しても鎮痛薬を投与していない群と比較してほとんど変わりなかった。

これらの検証結果から確認されたことをまとめてみましょう。

・強い鎮痛作用がある。

・精神的依存性や身体的依存性を生じない。

・薬への耐性が生じにくい。

・呼吸抑制や掻痒感を生じない。

検証結果から、AT-121が両方の受容体で作用して良い面の相乗効果が発揮され、一方ではそれぞれの受容体に弱く働くことで有害作用が生じなかったと考えられています。

Wake Forest Baptist Medical CenterのMei-Chuan Ko氏は、「AT-121こそが適切なバランスで両方の受容体に働きかけることができ、1つの分子で問題を解決できるよい薬剤戦略である」。和歌山大学の研究チームは「新しい仕組みを利用した、安全で依存性の無い鎮痛薬の実用化につながる。国際的にも意義は大きい」と述べています。

写真はイメージです。photo by pixaboy

現時点では、アカゲザルを用いた研究段階です。わたしたち人間に同様の効果が見込めるかはこれからです。人間と同じ霊長類での検証結果ということから考えると今後の展開が注目されるのではないでしょうか。

 

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