禁断の治療 頭部移植-未知なる領域の未来は

 

頭部移植とは、人間の頭部をドナーのからだに移植する手術です。

首から下を他の人間のからだに置き換えるというSFの世界のような話ですが、頭部移植の発想は古くからあります。動物をもちいた実験は古くは1908年に記録されています。

その後も、動物をもちいた実験が行われました。実験結果については、どれも成功したと言えるものではありませんでした。

頭部移植の理論

頭部移植を人間に対して行うことが可能であるという論文を2013年にイタリアの神経外科医セルジオ・カナベーロ博士が「Surgical Neurology International」で発表しています。

患者とドナーの体温を低温まで下げ、その間に頭部を切断・移植するのですが、この手術で問題となるのは脊髄です。

脊髄神経が正常に回復されないと首から下は麻痺したままになり、運動機能や感覚機能が失われてしまいます。この論文では、この問題についても触れています。

ポリエチレングリコール(PEG-以下、PEGと記載します)を使用することによって脊髄神経が修復される事が促進され、回復が可能であるとしています。

頭部移植は可能でしょうか

 

Head Transplantation: The Future Is Now | Dr.Sergio Canavero | TEDxLimassol

 

2015年に、セルジオ・カナベーロ博士は2017年12月までに頭部移植を行うことを発表しました。また、「TEDx Limassol」(キプロス)で講演を行っています。

この講演において、セルジオ・カナベーロ博士は「HEAVEN(The head anastomosis venture Project)」という頭部接合ベンチャープロジェクトと「GEMINI」という脊髄移植方法について話をしています。

脊髄は、脳の下側から伸びて、末梢の神経に命令をおくり、受けとる役目を果たす神経の集まりです。脊髄は、外側はほそい神経線維に囲まれた「白質」、内側は細胞体の密集する「灰白質」になっています。

白質と灰白質

体の動きは、脳の中で作り出され、脳からの信号として、白質の神経線維(軸索)を通り、脊髄の中でこの神経繊維は「運動ニューロン」という神経細胞と接続していて、運動情報や感覚情報の主要な通路となっています。「白質」が人間が動くことを可能にしています。

灰白質は神経細胞体の集合で感覚情報の終着点及び運動情報の発信地です。感覚から運動への中継地点になります。

Figure 1

従来から、人間が動くために必要であるものとして白質が重視されてきました。それに対して、カナベーロ博士は、灰白質も重要なものであり、脳からの信号が灰白質を通ることで体を動かすことが可能であると主張しています。

加えて、灰白質は、再生スピードが非常に早く、電気刺激を加えると再生スピードはさらに加速すると主張しています。

仮に、白質が全て切断されても、灰白質が残って入れば、運動機能を取り戻すことは可能であるとも述べています。

事故などによって脊髄が損傷すると大きな力が加わることになり、白質も灰白質も不可逆的な回復不能なダメージを受けてしまいます。

カナベーロ博士は、脊髄の損傷ではなく、脊髄の切断なら白質も灰白質内をほとんど傷つける事はなく回復可能であるとしています。

白質が全て切断された状態でも、灰白質がそのまま残っていれば、わずか1年で四肢麻痺の患者が完全に運動機能を取り戻すことが可能だとしています。

そして、切断された脊髄の修復で重要になってくるのが科学物質であるPEGです。

ポリエチレングリコールが治療のカギになる

PEGはこのプロジェクトのために開発された特別なものではありません。幅広く使用されています。ハンドクリーム、化粧品の乳化剤、薬品、切断された末梢神経の手術等に使われています。

カナベーロ博士のプロジェクト「HEAVEN」、脊髄移植方法「GEMINI」は、これらの理論を活用するものです。

手術では、まず患者とドナーの体を低体温の仮死状態にして、人工心肺を使用。脊髄のダメージを可能な限り軽減するために、極めて鋭利な薄いメスを使用して切断。その後に患者の頭部をドナーの身体を、PEGを接着剤のように用いて結合。さらに脊髄・筋肉・血管を縫合します。

術後、頭部と身体がしっかりと結合して傷が癒えるまで4週間程度の昏睡状態を置きつつ、拒絶反応を抑えるために強力な免疫抑制剤も投与、電気刺激によって神経の接合を促進させるものです。

成功すれば、リバビリ期間が必要だと思われますが、新しい身体を自由に動かせるようになり、自らの声を失うこともないとしています。

動物実験での研究がすすんでいる

動物実験でPEGを使用した実験結果も発表されています。ネズミを使用した実験では、8匹のネズミの脊髄を切断してPEGを投与したものでは、手術の4週間後に8匹のうち5匹は弱々しくではありますが動けるようになりました。

イヌを使用した実験では、1匹の犬の脊髄を90パーセント切断、PEGを投与。2週間後にはイヌは後ろ足を引きずって歩けるようになり、3週間後には歩いたり、物を掴んだり尻尾を振ることができるまで回復しました。

PEGとは、別に、中国のレン博士がサルの頭部と胴体を結合することに成功したと報告されていることも付記しておきます(ただし、脊髄の修復はおこなわなかったために、首から下は麻痺したままで、14時間後に安楽死させられています)。

頭部移植が実施される?

カナベーロ博士は、2017年12月に、ロシアのヴァレリー・スピリドノフ氏の頭部移植を行うと発表しています。スピリドノフ氏は、ウェルドニッヒ・ホフマン病とうい難病を幼児期より患っており、発症して以来、車椅子生活を余儀なくされています。

 

 

ウェルドニッヒ・ホフマン病は、遺伝子異常の病気で、脊髄の運動神経細胞の病変によって起こる筋萎縮症です。

進行性の筋萎縮を示し、全身性の筋力低下を主症状として、病気の進行に伴い、心肺の筋肉がまったく動かなくなり、死という帰結を迎えます。多くのケースでは、早いうちに命を落とします。根本的な治療法はなく、対処療法しかありません。

スピリドノフ氏は、筋力が著しく低下していますが、脳に異常はありません。スピリドノフ氏は、2年以上前から、頭部移植手術について研究しているカナベーロ博士と連絡を取りあっていました。

スピリドノフ氏が、「私には他にほとんど選択肢がないということを分かって下さい。私の病状は年々悪くなっていて、この手術に賭けなければ悲しい結果が待っています」と述べているのが、強く、心に響きます。

手術には150人もの医療スタッフと邦貨に換算すると10億円以上が必要であると言われていて、費用は寄付によってまかなわれるということです。

この頭部移植手術のついては、医学界等に論議を巻き起こしており、脊髄をつなぐことはできない、科学的根拠がない、研究のペースが速すぎるなどの批判的な意見がほとんどです。倫理的な観点からも議論されています。また、カナベーロ博士が2017年12月に手術できる保証もありません。

頭部移植の今後

スピリドノフ氏のように難病を患い、選択肢がない状況に置かれている方々にとっては、頭部移植は一筋の光明です。また、頭部移植という未知なる領域に踏み出そうとしている第一歩が、医療の進歩に寄与する事になるであろう事も否めません。

スピリドノフ氏に時間もないという事もあきらかですが、検証の余地が多く残されている以上、時間をかけてでも、医療の発展につながるのなら、未知なる領域のへの第一歩は慎重を期すべきではないでしょうか。ただ、カナベーロ博士の行為を否定する事は、医療の発展を阻害する行為でもあるとも言えます。

注:一部のニュースでは、被験者がスピリドノフ氏でなはなく、別の被験者になったとも報じられています。

この研究が医療の発展につながるようになるためにも、今後の進展については、注意深く、見守っていくとともに、頭部移植が慎重に行われる事が望まれます。

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