再生治療に活用されはじめている歯髄細胞 〜歯髄細胞バンクとは?〜

近年、失われた身体の一部や機能を回復させる治療法として再生治療が注目されています。

再生治療を行なうためには、幹細胞とよばれる身体の一部や機能を回復させる細胞が必要となってきます。幹細胞の採取法のひとつとして、歯髄からの採取が考えられています。

歯髄から採取した細胞による再生治療についてまとめてみました。

 

■再生治療ってなに?

今までの医療は、薬を飲んで病気を治したり、手術をして病気を取り除いたりする治療が中心でした。

薬や手術による治療では、失われた身体の部分や機能を回復させることは難しいです。そこで、身体の失われた部分を再生させて、機能を回復させることが考えられるようになりました。これが再生治療です。

再生治療は、従来型の治療に変わる新しい治療と言えます。


写真はイメージです。 photo by Army Medicine

近年、脊髄を損傷して半身不随になった人や、失明した人、パーキンソン病で苦しんでいる人など今までは治療が困難とされた病気の治療に再生治療が用いられようとしています。

従来の治療法では治せなかった病気を治せる可能性があり、再生治療はとても期待されている治療法です。

再生治療は、いろいろな方法があります。そのひとつに幹細胞を使った再生治療があります。

 

■幹細胞ってなに?

幹細胞とは、いろいろな細胞に成長していくことが出来る細胞のことです。

再生治療で話題のiPS細胞も、幹細胞から取り出されます。

幹細胞がいろいろな細胞に成長していく能力は、年とともに減少していくことがわかっています。すなわち、若い時の方が、幹細胞も元気なのです。幹細胞を採取するなら、なるべく若くて健康なときの方がいいといえます。

 

○幹細胞の採取方法

幹細胞は、身体の中から取り出さなければなりません。

幹細胞を採取する元の細胞としては、臍帯血や骨髄の利用が考えられています。しかし、臍帯血はへその緒から採取するもので、手軽に行なえるものではありません。骨髄からの採取は、痛みを伴います。どちらも採取方法に課題が残されているといえます。


写真はイメージです。 photo by Army Medicine

■歯髄を利用した再生治療

現在、再生治療の元となる細胞を取り出す候補として、歯髄の利用が考えられています。

○歯髄ってなに?

いわゆる歯の神経のことです。

神経といわれますが、そこには動脈や静脈といった血管も含まれています。

歯髄の中には、神経や血管以外に、歯の細胞である象牙質を作り出す象牙芽細胞や、コラーゲン線維を作り出す線維芽細胞がたくさん含まれています。そして、象牙芽細胞や線維芽細胞に成長する元の細胞である未分化間葉細胞もあります。

未分化間葉細胞とは幹細胞のことです。

 

○歯髄と幹細胞

歯髄には、良質な幹細胞が含まれていることがわかっています。

歯髄の細胞は、歯という骨よりも硬い組織で守られている上に、お口の中にあるので紫外線による遺伝子の損傷も起こりにくいです。

歯髄を採取する元の歯としては、永久歯に生え変わる直前の乳歯や、腫れたり痛んだりして抜かざるを得なくなった親知らずの利用が考えられています。


写真はイメージです。 photo by Jeff Boulter

今までは、歯科医が抜歯した後はそのまま廃棄されていました。抜歯した直後の歯には、元気な幹細胞が含まれているのに、そのまま廃棄するのは非常にもったいない話です。

そこで、乳歯や親知らずを抜歯した後にただ廃棄するのではなく、抜歯した歯から歯髄の細胞を採取することが考えられました。

このように歯髄の細胞は、抜歯した歯から採取することが可能です。したがって身体に大きな負担をかけることなく採取することが出来ます。対象となる年齢に制限もありません。臍帯血や骨髄からの採取と異なり、採取可能な人も機会もとても多いです。

まさに、理想的な細胞と言えます。

 

■歯髄細胞バンク

歯髄の細胞には、幹細胞が含まれていますが、その量はそれほど多いわけではありません。歯髄から取り出した幹細胞は、培養してその数を増やしておかなければなりません。しかも、採取した幹細胞がすぐに活躍出来るとは限りません。その日がくるまで、適切に保管しておく必要があります。

つまり歯髄細胞バンクとは、歯髄の細胞を保管するための施設のことなのです。

歯髄細胞バンクでは、歯の歯髄細胞から取り出した細胞を検査した上で培養し、液体窒素による極低温状態で保存します。

そして、保管容器の破損や停電で低温状態の維持が出来なった場合などに備えて、もう一カ所の保管施設にも送られます。

 

■希望してから歯髄細胞バンクまでの流れ

いきなり歯科医院を受診して歯髄細胞バンクに預けてもらうわけにはいきません。やはり採取した歯髄を適切に保存するためには、事前の準備や手続きが必要となります。


写真はイメージです。 photo by WIKIMEDIACOMMONS

①歯髄細胞バンクに連絡する。

歯髄細胞バンクに預けようと希望している方が、歯髄細胞バンクに連絡をすることから始まります。

②歯髄細胞バンクから連絡が入る。

希望者からの申し込みを受けて、歯髄細胞バンクが提携している歯科医院に依頼の申し込みが入ります。

③日程の相談

希望者と連絡を受けた歯髄細胞バンク提携歯科医院同士が、受診日を相談し決めます。

④歯科医院での検査

受診した歯科医院で、歯の状態を検査します。歯科医師が、歯髄細胞バンクに保存することが可能な状態かどうかを確認します。可能な状態にあると判断された場合、次の段階に進みます。

⑤抜歯の日を決める。

受診日に抜歯をすることは稀です。歯の状態をみてみないことには、事前の器材の準備ができないからです。希望者の予定を考えて、抜歯の日を決めます。

同時に抜歯や歯髄細胞バンクに関するいろいろな説明を受け、同意書に記入をすることになります。

⑥抜歯

希望者は、抜歯の日を決めて、提携歯科医院で抜歯を受けます。

⑦搬送

摘出された歯は、専用の入れ物に入れて、保管施設まで発送されます。

⑧検査

届けられた歯は、細胞の検査や培養が行なわれます。

⑨保管

検査の結果、問題となるものがなければ、液体窒素を使って−196℃という極低温状態での保存・管理にうつります。

⑩バックアップ

万が一のことを考えて、一部の細胞を二次保管施設においてバックアップとして保管します。

全ての行程が終了したら、その旨、通知されます。

 

■保存しておいた歯髄の細胞の利用法

歯髄細胞バンクに保管しておいた細胞は、幹細胞をいろいろな細胞に分化させることで、さまざまな病気の治療に使われることが考えられています。

○神経系の病気

神経系の病気は、非常に治りにくいのが特徴です。

具体例では、脊椎を損傷した場合、脊椎の中には重要な神経が走っています。脊椎損傷により神経が麻痺すると、下半身不随になってしまうことがあります。損傷した神経の治療に歯髄細胞から得られた幹細胞を使って、傷ついた神経細胞を治す治療法が考えられています。

その他に、脳梗塞や脳性麻痺などの治療への応用も期待されています。

 

○心臓の病気

心臓の血管が詰まり、心臓の筋肉細胞が壊死してしまう病気を心筋梗塞といいます。心筋梗は、一度起こると心停止に至り死亡することもある恐ろしい病気です。

しかも、一度壊死してしまった心筋細胞は回復することはありません。そのため、その後、慢性心不全を起こすリスクを抱えながら生活することになります。

そこで、壊死した心筋細胞を再生することで、慢性心不全のリスクを減らす治療が研究されています。

 

○歯科の病気

もちろん、歯科の病気への応用も研究されています。

現状では、歯周病で吸収されてしまった歯茎や歯槽骨とよばれる歯を支える骨の回復はとても難しいです。歯茎や歯槽骨を再生出来れば、歯周病で失われる歯を守ることが出来ます。

そこで、幹細胞から歯茎や歯槽骨の細胞を作り出して、歯茎や歯槽骨を回復させる治療法への応用が期待されています。

 

○目の病気

視神経や角膜の病気や損傷のために失明してしまうと、現在は治療する方法がありません。そこで、歯髄の細胞から採取した幹細胞を使って視神経や角膜の細胞を作り出し、そして、将来的には眼そのものを再生し、視力を回復させる治療法が研究されています。

 

○糖尿病

糖尿病は、膵臓のランゲルハンス島でインスリンを作っているβ細胞が破壊されることで起こる病気です。現在は、飲み薬や注射でインスリンを補給する治療が行なわれています。

ランゲルハンス島の移植をすれば、インスリンを自分自身で作れるようになるので、インスイリンの注射は必要なくなります。けれども、ランゲルハンス島を提供してくれるドナーが不足しているのが現実です。

そこで歯髄から取り出した幹細胞を利用してランゲルハンス島を作り、インスリンを再び作れるようにしようという治療法への応用が考えられています。

 

○腎臓病

一度悪くなった腎臓は、回復することが望めません。

腎臓病が進行して人工透析を受けなければならない様な状態にいる人には、現時点では腎臓移植か人工透析しか現状では選択肢がありません。腎臓移植を受けることが出来れば人工透析をせずにすみますが、腎臓移植はリスクを伴う上に、なかなかチャンスが巡ってこないのが現実です。

そこで、歯髄細胞に含まれる幹細胞を使って腎臓の再生し、腎臓病を治そうという研究が行われています。


写真はイメージです。 photo by MaxPixel

このように、乳歯や親知らずといった、いままで必要ないと考えられていた組織から得られた細胞が、再生医療に有効活用できるのではないかと考えられています。今後も意外なところから、再生医療のカギになる細胞がみつかるかもしれませんね。

 

 

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