訪問歯科医療ー自宅で生活の質を保ち、向上させる歯科診療

■はじめに

我が国は高齢社会となりました。高齢化の進展に伴い、何らかの身体的理由、もしくは精神的理由などにより、歯科診療所に通院して治療を受けることが難しい患者さんが増えてきました。

こうした歯科診療所に通院しにくい患者さんにも、歯科治療のニーズはあります。

そこで、歯科医師や歯科衛生士が患者さんの自宅や、入院中の病院、入所中の社会福祉施設などに訪問して、歯科治療や口腔ケアを行なうようになりました。これを在宅歯科医療といいます。

在宅歯科医療についてまとめてみました。

 

■在宅歯科医療の目的

お口から食事を摂取するということは、とても大切です。点滴でも栄養は入りますが、その量は限られますし、腸を通して栄養を吸収しないため、腸内細菌の働きが低下し、身体が弱くなることがわかっています。

お口から食べることが出来ないのが、食べ物が噛みにくくなっていることが原因なら、その治療をしなければなりません。すなわち、むし歯の治療や入れ歯の作成、調整などです。歯がぐらぐらして噛めないのなら、抜歯も必要でしょう。

食べるという行為そのもののが難しくなっているのなら、もう一度お口から食べることが出来るように、食べたり飲み込んだりするためのリハビリテーションが必要となります。

また、お口の中をきれいにしておかなければ、お口の中の細菌を飲み込んでしまうことによる誤嚥性肺炎という肺炎を引き起こすリスクが高まります。肺炎は、日本人の死亡率の3〜4位を毎年占めている恐ろしい病気です。

寝たきり状態になると、自分でお口の中をきれいにすることも難しくなります。家族の方がきれいにするのも限界があります。そこに、歯科医師や歯科衛生士といった口腔ケアのプロフェッショナルが介入する意義があります。歯科医師や歯科衛生士が定期的にお口全体をきれいにすることにより、お口の中の細菌数を減らし、ひいては誤嚥性肺炎のリスクを低下させることが出来ます。

通院出来ない患者さんに対して、訪問してこうした歯科治療を行なうことは、患者さんの生活や健康を保つ上でとても大切なことです。

したがって、在宅歯科医療の目的は、お口の機能を維持して患者さんの生活の質を向上させる点にあります。

 

■歯科医療の需要の将来予想

厚生労働省では、歯科医療の需要について、健常者タイプと高齢者タイプにわけて将来の予想をしています。

健常者タイプでは、従来と同じく、むし歯の治療で詰めたり被せたりすることによる歯の形態の回復が中心とされます。むし歯になれば、歯を削って詰めます。しかし、詰めたところからむし歯が再発し、今度は歯の神経をとって被せもの治療を行なう。さらに悪化すれば抜歯して入れ歯を作る、と繋がっていく治療です。しかし、むし歯の減少により、このようなむし歯治療そのものの需要が減少していくと予想しています。

その代わりに増加していくと考えているのが、高齢者タイプの歯科医療です。これは歯の形態の回復よりも、お口の機能そのものの回復をメインとした歯科治療です。お口の機能の回復とは、食べたり話したりという機能の回復のことです。

お口の機能の回復とは、食べたり飲み込んだりするためのリハビリテーションだけではありません。たとえば歯がグラグラしている場合を例にとりますと、そのままでは痛くて噛めません。通常であれば抜歯してブリッジや入れ歯を作ります。しかし、何らかの病気があってリスクが高い場合は、あえて抜歯をせずに歯根だけの状態にして残して、残りの歯で噛めるようにするといったことです。見た目は良くないですが、機能的には問題のない状態にするということも含まれます。

高齢者タイプの歯科医療では、自立度の低下、全身的な病気の増加、加齢によるお口の状態の変化が起こってきます。こうしたことに伴って、歯科治療のリスクや難度も上昇していきます。

高齢者タイプでは、自立度が低下することにより歯科診療所に通院出来ない患者さんが増えていくと考えられています。そこで在宅歯科医療の需要が増してくると予想されています。

 

■平成28年度の診療報酬の改定

○平成28年度の診療報酬の改定について

保険診療の診療報酬は、小さな改定は随時行なわれますが、医科も歯科も2年おきに大きな改定が行なわれます。この2年おきの改定では、厚生労働省の医療を今後どのような方向に運営していきたいかという考え方が反映されています。

平成28年度の改定では、かかりつけ歯科医機能・チーム医療・医科歯科連携・生活の質に配慮した歯科医療の推進などが主たるポイントでした。そして、そのひとつに『在宅歯科医療の推進』がかかげられています。

 

○在宅歯科医療の推進について

平成28年度の改定にある『在宅歯科医療の推進』については、4つのポイントがあります。

ひとつは、摂食機能障害というお口で食事が難しくなった患者さんに対するお口の機能維持です。ふたつめは、在宅歯科診療の適正化です。その次は、実態に即した歯科訪問診療料の評価で、最後に在宅歯科医療専門の医療機関に対する評価となっています。

この4つのポイントを反映するように、診療報酬が改定されました。

 

○歯科訪問診療料の変更

効率的に、そして効果的に訪問歯科医療を行なえる体制を構築するという目的により、歯科訪問診療料の選定基準が変更されました。

 

○在宅歯科医療専門の在宅療養支援歯科診療所の指定

在宅歯科医療とは、すなわち歯科医師が往診で、歯科診療所以外で行なう歯科医療のことです。

健康保険法では、歯科診療所に通院してくる患者さんの治療を行なえる診療体制を構築しておくことが必要とされています。しかし、平成28年の改定により通院出来ない患者さんを対象とする在宅歯科医療を専門とする歯科診療所が認められるようになりました。

在宅歯科医療を行なっている患者さんの割合が95%を超えているなどの一定の条件を満たせば、在宅歯科医療専門の歯科診療所として認められます。

在宅歯科医療専門の歯科診療所と認められれば歯科訪問診療料の算定が可能となり、そうでない歯科診療所よりも在宅診療時の診療報酬が優遇されます。

 

■在宅歯科医療の歴史

○診療報酬の移り変わり

歯科医師が、往診で患者さんの自宅に歯科治療に伺うことは以前からありましたが、在宅診療に特別な診療報酬はありませんでした。保険診療の診療報酬に明記されたのは、昭和63年以降のこととなります。

昭和63年に『在宅患者訪問診療料』として初めて保険診療に診療報酬が新設されました。『在宅患者訪問診療料』を請求出来る条件は、常時寝たきり状態か、それに近い状態である患者さんに定期的に訪問して診療を行なっていることと明記されていました。

その後、『在宅患者訪問診療料』は、『歯科訪問診療料Ⅰ』と『歯科訪問診療料Ⅱ』に変更されました。

『歯科訪問診療料Ⅰ』は、自宅で療養しているけれども、歯科医院に通院するのが難しい患者さんに、訪問して歯科治療を行なった場合が対象でした。そして、『歯科訪問診療料Ⅱ』は、自宅では社会福祉施設に入所中の患者が対象でした。

『歯科訪問診療料Ⅰ』『歯科訪問診療料Ⅱ』は、現在では『歯科訪問診療料1』『歯科訪問診療料2』『歯科訪問診療料3』に変わり、現在に至ります。

新しい『歯科訪問診療料1』『歯科訪問診療料2』『歯科訪問診療料3』の算定は、訪問歯科医療専門の歯科診療所にのみ認められるようになりました。

『歯科訪問診療料1』『歯科訪問診療料2』『歯科訪問診療料3』は、歯科医師が同じ建物に住んでいる通院が難しい患者さんを、1日に何人治療するかによって選択します。

『歯科訪問診療料1』は1日1人、『歯科訪問診療料2』は1日2〜9人、『歯科訪問診療料3』は1日10人以上です。ただし、『歯科訪問診療料1』『歯科訪問診療料2』は、1人あたりの診療時間が20分以上である必要があります。治療途中に患者さんが急変するなどの理由により20分に満たない場合や、20分以上診療することが患者さんの体力やその他の理由で難しい場合は、その限りではありません。

訪問歯科医療に特化した歯科診療所を優遇することで、在宅歯科医療を推進する現在の厚生労働省の考え方がわかります。

このように、保険診療の制度面でも訪問歯科医療の扱いは変化し続けています。

 

■在宅歯科医療で必要となる器材について

在宅歯科医療で外来と同じ様なレベルの診療を行なうには、ミラーやピンセット以外に専用の器材が必要となります。

○ポータブルユニット

持ち運びタイプの歯を削る器材です。水道や電気は訪問先で提供してもらう必要がありますが、訪問先にこの器材を持ち込むことで、訪問先で歯を削ったり、入れ歯を調整したりすることが可能になります。

○ポータブルレントゲン

持ち運びタイプのレントゲン撮影器材があります。これを用いることで、訪問先でもレントゲン写真による検査が可能になります。

○ポータブルライト

お口の中は暗いので、お口全体を影が生まれないように明るくする専用のライトです。

○車いす用安頭台

車いすの背やハンドルにつける枕です。頭を動かないように固定することが出来るので、車いすに座ったまま治療が行なえます。

 

■まとめ

在宅歯科医療は、通院が難しい患者さんのお口の機能維持を目的に厚生労働省も推進しており、高齢社会の進展に伴い今後需要が増大すると考えられています。。

これにより、通院が難しくても、食べたり話したりといった日常生活を維持し、お口をきれいにすることで誤嚥性肺炎などの病気の予防が図られます。

在宅歯科医療に使う専用の器材もいろいろな製品が販売され、年々充実してきています。

通院が難しく、効果的で適切な治療を受ける機会が少なかった患者さんにとって、在宅歯科医療は、生活の質を保ち、かつ向上させることができる歯科治療として、これから広がっていくことが考えられます。

 

 

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