法歯学ってなに?法医学と歯科医との関係

はじめに


法医学という学問分野をお聞きになったことありますか?法医学とは、法律に関係する医学的な事柄を研究する学問で、刑事ドラマなどで殺人事件に関連して登場してきます。

法医学では、全身的な見地から評価していくので、歯科の分野も当然関連します。そのために以前は、法医学の一分野として歯科法医学ともよばれていました。

やがて法医学の一分野から脱皮して、歯学のひとつの学問分野として脱皮しようとする機運があらわれました。1979年にパリで開催された国際歯科連盟の会合で、法歯学という医学の法医学に相当する歯学の学問分野として確立されることとなり、法歯学設立の機運は結実しました。


写真はイメージです。 photo by photo AC

法歯学ってなに?

○法歯学ってなに?

法歯学とは、歯科医学および科学を用いて、社会の治安の維持や法律の公正な適応を図るために、必要とされる歯科医学的な事柄を研究する学問です。

歯科的な証拠を正しく検査、処理した上で、歯科的な見地から所見を分析します。法歯学は、法律上そして裁判上も重要とされます。

 

○歯科医学における法歯学の位置づけ

歯科医学は、基礎歯学と応用歯学にわけられます。応用歯学はさらに、臨床系歯学と社会系歯学に分類されます。

法歯学はこのうち応用歯学の社会系歯学に分類される歯科医学分野です。

 

○法歯学と犯罪学との関係

犯罪学とは、犯罪の現象や原因を探求したり、犯罪の防止に関して研究する学問です。

犯罪学は、犯罪者の心理や手口、証拠採取といった犯罪捜査から、裁判、刑罰効果に関するものなどが対象とされますが、法歯学はこのうち裁判に関係してきます。

犯罪捜査では、犯罪現場のやり直しは不可能なので、厳密な法科学的知識および技術が要求されます。法科学に裏付けられた犯罪捜査、つまり科学捜査において法歯学も法医学と同様に重要です。

犯罪学と法歯学は切っても切れない関係にあります。


写真はイメージです。 photo by photo AC

法歯学の対象


法歯学が対象とするのは、生体、死体、物体、現場、書類の5つです。

○生体

傷害事件の関係者にかみ傷や歯型が残されていれば、その形や位置、噛みつきの程度を調べます。それ以外にも歯からは、年齢や性別、職業、個人の識別などいろいろな情報が得られます。

 

○死体

死体の観察法は、検屍と解剖の2つがあります。

法歯学では、死体に残された傷痕が、かみ傷や歯のあとかどうか、そうであれば、その形や歯の部位、噛みつきの程度を詳しく確認します。

腐敗した死体やバラバラにされた死体では、歯や顎の状態から、年齢や性別を推測します。そして、歯や歯並び、歯の治療痕などを利用して個人の識別を行ないます。

 

○物体

歯のあとやかみ傷、唇のあと、唾液などが残された紙や布切れなどを調べます。

 

○現場

犯罪現場に残された歯、入れ歯、歯ブラシ、歯や唇のあと、白骨死体の顎や歯などが対象となります。鑑定人が現場をみておくと、鑑定を行なう上で有益な情報が得られます。

 

○書類

歯科医師のカルテや診断書、レントゲン写真から個人を識別します。


写真はイメージです。 photo by photo AC

法歯学の実際

○歯の記録の意義

法歯学において最も重要とされることが、個人を識別することです。個人の識別とは、それが誰であるか、もしくは誰のものであるかという身元を確認して、その氏名を明らかにすることです。

個人を識別する方法としては、DNA検査、指紋採取、血液型識別などの方法がありますが、歯の検査も大変重要な位置を占めています。

人体を構成する組織の中で、死亡したのち最も長期間残存するのが、歯です。歯は、人体の中で最も硬く、腐敗しないばかりか、物理化学的な影響を受けにくい組織です。加えて、歯のすり減り具合や、噛み合わせ、むし歯や歯周病による変化、歯並び、歯の治療痕などの組み合わせは、天文学的な数字となります。

そのために、歯の状態がまったく同じ人は、存在しえないと考えられています。

歯科治療の経過は、カルテやレントゲンとして書類に残されています。書類上の記録と死者の歯の状態を比較すれば、個人の識別をすることは十分可能なのです。

 

○年齢の特定

歯や顎の骨の状態から、年齢を推定することができます。

歯を見れば、乳歯や永久歯の本数や組み合わせ、歯のすり減り具合、歯の神経である歯髄の状態などから年齢を推定します。

顎の骨であれば、成長発育によって生じる顎の骨の形態の変化から年齢を絞り込みます。

 

○血液型

血液型は、個人を識別するにおいて、極めて高い価値を示します。歯や顎の骨からも血液型を検出することができます。近年は、血液型だけでなく唾液も注目されており、唾液型も将来的なポテンシャルを有しています。

法歯学の分野では、歯だけでなく歯石からも血液型を特定することができます。


写真はイメージです。 photo by illust AC

○むし歯と歯周病

法歯学の検査では、単にむし歯が認められるかどうかだけでなく、ある場合はどの程度のむし歯かまで記録します。

歯周病も同様で、歯周病の進行具合や、お口全体の骨の吸収具合の分布なども記載しなければなりません。

 

○歯の喪失

歯は、むし歯や歯周病、ケガ、腫瘍性病変、矯正歯科治療などいろいろな原因で抜歯されます。これら人為的な抜歯によって歯を喪失したのか、自然に脱落したのかを知ることは、法歯学にとって大切です。

永久歯であっても、極度に腐敗が進行した死体から自然に脱落することがありますが、それでも、残された歯と骨の状態から生前に脱落したか、死後に脱落したかもわかります。

抜けた歯の状態や、歯が抜けた後の治り具合、骨の状態などから、自然に歯が抜け落ちたのか人為的な抜歯かも判断できます。

また、歯の神経部分の血液の状態から窒息による死亡か否かも判定されます。

 

○傷の状態

人体に生じる傷は、鈍器による傷、鋭器による傷、銃器による傷、医療行為による傷、事故(交通事故だけでなく医療事故も含まれます)による傷、その他に分けられます。

法歯学では、歯やお口に生じた傷が、どのようにして起こったのかも特定します。

 

○咬み傷

人間の歯は、食べ物を噛むだけでなく、攻撃したり身を守ったりする武器としての役割も担っています。

咬み傷は、切り傷や刺し傷にも似た状態を示します。咬み傷の検査を行えば、加害者の歯の状態や、加害者と被害者の位置関係を推測することができますので、犯罪の捜査や鑑識、裁判上において、とても重要な証拠として取り扱われます。

咬み傷の検査をすると、自分を守るために噛んだ傷なのか、攻撃するために噛んだものか、もしくは自殺を企図して噛んだものかもわかります。

噛み跡が残されたものが、人体ではなく物体である場合は、そも物体が何かによって判定の精度が変わってきます。一般に食品などは、変形や損傷が少なければ、歯型を判別するのは容易です。一方、木製品や金属製品は判別することはほとんど不可能とされています。

また、動物による咬み傷か、その場合はどの種類の動物によるのかもわかります。


写真はイメージです。photo by photo AC 

○職業の判別

歯は、特定の化学物質によって溶かされることがあり、これを酸蝕症と言います。酸蝕症を認めた場合は、特定の化学物質を扱う事業所に勤めている可能性が考えられます。

また、大工、靴職人、ガラス吹工、音楽家などに多いのですが、勤務中の作業による癖が原因で歯の形態が変化する事例も多く認めれます。

歯の形態的な状態から、個人の職業が特定できることがあるのです。

 

○熱による作用

大きな火災が起こった場合、頭頂部が最初に燃え、ついで脳に移り、最後が歯や口と言われています。歯や口が最後になるのは、唾液が蒸発する際に熱を奪うからです。

歯も熱を受けると変化を起こします。この変化からいろいろなことがわかります。熱が加えられた歯を見れば、歯が熱せられたのが、生前なのか死後なのか、何度の温度の熱が加えられたのかも判定できるのです。

 

まとめ


『目は口ほどに物を言う』ということわざがありますが、歯も目に劣らず非常に多くの情報をもたらしてくれます。しかも、歯は体の中で、死後、最後まで残ります。


写真はイメージです。 photo by silhouette ac


この性質を利用して、歯は犯罪捜査での身元の特定や事件発生時の状況だけでなく、大規模自然災害発生時の身元不明者の個人の特定にも使われています。

法歯学は、決して身近なものとは言えませんが、実は社会的に極めて大切な役割を担っているのです。

 

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました