[日本人とイギリス人の長寿の要因についての研究]
2018年2月に東北大学大学院の和田教授を中心にした日英共同研究チームが「Social and behavioural determinants of the difference in survival among older adults in Japan and England. Gerontology(日本と英国の高齢者による社会的なおよび行動の決定因子の違いについて)」を老年医学の国際科学雑誌「Gerontology」に発表しました。
タイトルを見るとピンとこないかもしれませんね。言い換えると「日本人とイギリス人の高齢者を比較して長生きにつながる要因を明確にする」ということで結果から改善すべきポイントがなにかを明らかにしようというものです。
研究結果において日本人へのキーワードは『やせすぎ』になります。発表された内容についてみてみましょう。
[研究の背景や研究方法は]
-背景は高齢者の余命の要因解明-
高齢者の平均寿命と余命は必ずしも一致するとはいえません。平均寿命は説明するとむずかしいのですが簡単にいうと「発表されたその年に誕生した人の平均余命」です。平均寿命という言葉が誤解されやすく「40歳のわたしは女性だから、あと46年余命があるわ」ではありません。
ただし、国別に算出されているのでその国の傾向はわかります。日本人は男女とも長寿の傾向にあります。とくに女性は世界的にトップクラスです。
高齢化の波は日本を含め世界的に進んでいます。高齢者の余命がどのような要因で左右されるかという研究が重要になります。
このような研究はいままで欧米が中心でした。長寿国といわれる日本を含めた研究は少なく今回は日英の共同プロジェクトの形で日本人とイギリス人の高齢者の比較研究が行われました。
<WHO発表平均寿命(2017年度)>
日本 | イギリス | |
全体 | 83.7歳(1位) | 81.2歳(20位) |
男性 | 80.5歳(6位) | 79.4歳(16位) |
女性 | 86.8歳(1位) | 83.0歳(27位) |
-研究対象と方法は-
日本とイギリスで65歳以上の高齢者を9.4年間追跡したデータの分析を実施しました。追跡対象者は以下になります。
対象者 | 追跡期間中の死亡者割合 | |||
男性 | 女性 | 男性 | 女性 | |
日本 | 6,294人 (72.5歳) | 6,882人 (73.4歳) | 31.3% | 19.3% |
イギリス | 2,468人 (73.7歳) | 3,083人 (74.7歳) | 38.6% | 31.3% |
※対象者のカッコ内は平均年齢です。
検証項目は行動要因として運動(スポーツクラブの参加の有無など)、喫煙習慣、飲酒習慣、BMI(肥満度)。社会要因として教育歴(社会経済状況の変数)、家族とのつながり(婚姻状態か)、友人とのつながり(友人と会う頻度)を用いました。
追跡開始時に病気の既往歴や日常生活習慣などは年齢に応じて平均的になるように調整などしています。
[研究結果はどうなったでしょう]
研究結果をまとめたものを見てみましょう。
-研究結果-
調査した要因 | 研究結果 | |
男性 | 女性 | |
良好な社会経済状況 | +32.6 | +7.7 |
家族とのつながり | +105.4 | +22.0 |
友人とのつながり | -45.4 | -26.7 |
運動が多いこと | +23.3 | +7.2 |
飲酒が少ないこと | -147.2 | -173.3 |
現在喫煙習慣がないこと | -46.4 | +197.5 |
低体重でないこと | -212.2 | -129.0 |
※数値は日本人からみたものです。「+」は日本人の方が長かった日数、「-」は日本人の方が短かった日数になります。
-結果からわかること-
表にはでてきていませんが生存期間は日本人の女性は319日、男性は132日とイギリス人より長い結果が出ています。調査結果についてもう少し詳しくみてみましょう。
◇家族とのつながり
日本人男性はイギリス人男性に比べて105日間生存期間が長いですよね。日本人の方がイギリス人より婚姻率が高いことが関係していると考えられています。
◇友人とのつながり
男女ともイギリス人の方は多いですよね。男性でとくに45日間の差があります。日本人とイギリス人の生活習慣や婚姻率が異なることが関係しているかもしれません。
◇喫煙習慣
調査時点で喫煙習慣のある人の割合をみてみましょう。
男性 | 女性 | |
日本 | 24.0% | 2.5% |
イギリス | 12.0% | 13.1% |
日本人女性のほうがイギリス人女性より喫煙者は少なく198日間の長寿につながっています。男性の場合にはその逆でイギリス人男性の方は日本人男性より47日間長寿です。喫煙習慣の差がそのまま調査結果に当てはまっています。喫煙習慣が健康へ悪影響を及ぼすことは知られていますがその通りの結果になっていますね。
◇低体重(やせすぎ)でないこと
調査でBMIが18.5%未満で「低体重=やせすぎ」としています。やせすぎの割合をみてみましょう。
男性 | 女性 | |
日本 | 7.5% | 8.8% |
イギリス | 0.8% | 1.7% |
男女とも日本人はイギリス人に比べて女性は129日間、男性は212日間も劣っています。高齢期のやせすぎはよくないといわれています。「やせすぎ」はもっとも改善の余地があるものだと指摘しています。
-研究結果の結論は-
研究報告では「日本人男性は友人とイギリス人男性は家族とのつながりを増やすこと」、「日本人男性とイギリス人女性は喫煙を減らすこと」、「日本人男女の低体重を改善すること」の要因が長寿の達成に必要で改善を比較的しやすいことだとしています。
これらの要因は一方の国で実現できることならば他方の国でも実現が不可能ではないことだろうとしています。
高齢者を対象に国際比較した研究で要因を明確にして、その要因が生存期間の違いにどの程度の影響があるかを明示した研究は存在しませんでした。この研究の成果はより健康的な社会への実現の示唆や効果的な健康政策が得られると考えられています。
この研究でもっとも改善の余地があるとされた「やせすぎ」という点についてもう少しだけみてみましょう。高齢者の「やせすぎ」とBMIと関連したいくつもの研究が発表されています。
[高齢者にとって「やせすぎ」は好ましくありません]
-BMIのはなし-
研究で「やせすぎ」の判断をしていたBMI(Body Mass Index-ボディマス係数もしくは指数)はWHOが定めた肥満度を判定するためのものです。下記の式で計算されます。
BMI=体重(kg)÷(身長(m)×2) 低体重:18.5未満 標 準:18.5以上25.0未満 肥 満:25.0以上 ※数値によって1度から4度に分かれます。 |
BMIの基準は国際的なもので国によって異なります。よく日本人の理想値は男性22.0、女性が21.0といわれています。理想値の研究対象となったデータは30歳から59歳のがんを除く特定の疾病との関連性を調べたもので高齢者は含まれていません。
-BMIと高齢者の関連は-
高齢者はどうなのでしょうか。40歳から79歳の日本人約9万人を10年間にわたって追跡調査した結果をみてみましょう。もっとも低いBMIの死亡率をあらわしたのが以下の表になります。
年齢 | 男性 | 女性 |
40歳~49歳 | 23.6 | 21.6 |
50歳~59歳 | 23.4 | 21.6 |
60歳~69歳 | 25.1 | 22.6 |
70歳~79歳 | 25.5 | 24.1 |
表をみてなにかに気がつきませんか。60歳を境にBMIが上がっていますよね。高齢者に少し太っていた方のほうが死亡率は低いということがわかります。
ほかにも日本で65歳から79歳の高齢者約2万人を11年間追跡した研究があります。BMIが20~22.9を基準群として前後のBMIの死亡率を比較したものです。
BMI | 男性 | 女性 |
16未満 | 1.78 | 2.55 |
20~22.9 | 1 | 1 |
30以上 | 1未満 | 1.24 |
上の表は基準群を1とした場合の死亡率です。やせていればやせているほど死亡率が高くなります。女性が高いのですがこれはBMI16から16.9をみると男性は1.5倍強、女性は1.5倍弱で16未満になると女性が大きくあがります。
原因として考えられるのはやせている人はからだの栄養分の蓄えがすくない(低栄養)、感染症に弱いことが指摘されています。やせている人の死因で多かったのは肺炎と報告されています。
BMIと死亡率についてみてみましたが日本人とイギリス人の国際比較の研究と同じ結果ですよね。高齢者はもちろんのことすべての世代にわたって「やせすぎ」は決していいこととはいえません。
わたしたちはやせすぎにならないように普段の食生活、生活習慣、運動習慣に気をつけて生活していきたいものですね。さらにこのような研究が進むことでその結果が社会的に生かされていくことが期待されています。
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