TAVI-急速に拡がる大動脈弁狭窄症の新しい治療法


[
大動脈弁狭窄症とは]

心臓は全身に血液を送る働きをしています。心臓には4つの部屋に分かれており、そのうち、全身に血液を送り出しているのが左心室で大動脈に繋がっています。

左心室と大動脈の間には、血液が逆流しないように大動脈弁があります。

この大動脈の弁が、加齢による弁の変性、先天的な弁の異常(ニ尖弁)、リウマチ熱による弁の変性などが原因で、大動脈弁が炎症、癒着、硬化、石灰化起こします。

このために、弁の開き方や閉じ方が不完全になり、血液の流れが悪くなるのが「大動脈弁狭窄症」です。

症状は、徐々に進行していきます。軽度のうちはほとんど自覚症状がありません。病状が進むと動悸や息切れ、疲れやすさなどの症状が現れます。

重症になると、狭心症(胸痛)、失神、心不全の症状から突然死に至る可能性もあります。自然に治る病気ではなく、一般的に、狭心症が現れると約5年、失神が現れると約3年、そして心不全の場合は約2年で命を落とすと言われています。

[今までの治療方法は]

症状が軽いうちは保存的な治療を行います。薬によって症状を緩和し、進行を抑制することで、心臓にかかる負担を緩和します。しかし、保存的な治療法は、病気が治癒するものではありません。

そのために、症状が重くなると、弁を根本的に治療する必要があります。


大動脈置換術 photo by INTECH

治療は「大動脈弁置換術(AVR-Aortic Valve Replacement)」になります。外科的に開胸して人工弁を装着する術式です。大動脈弁狭窄症の標準的な治療法で、確実に人工弁を取り付けることができ、予後も良好です。

他にも、PTAV(経皮的大動脈弁形成術)/BAV(バルーン大動脈弁形成術)という、狭くなった大動脈弁の開口部をカテーテル用いて、バルーンで広げる治療法があります(人工弁は装着しません)が、半年から一年ほどで、再狭窄が起こる可能性が高いと言われており、根本的な治療になりません。

大動脈弁置換術が確実な治療法ですが、開胸を伴う手術になりますので、以下のような理由で手術ができないケースがでてきます。

 ・高齢(80~85歳以上)。

・なんらかの原因で体力の極端な低下が見られる。

・心臓の開胸手術や胸部の放射線療法を過去に行った事がある。

・心臓を一時的に止め、人工心肺装置を使用するために、頸動脈狭窄、肝機能低下、肺疾患、悪性腫瘍など疾患などがあると人工心肺装置が使用できない。

重度の大動脈弁狭窄症の少なくとも約40%の患者さんは外科的な大動脈弁置換術を受けられないと言われています。

そこで、開発された方法が、開胸せずに、カテーテルを用いて人工弁を装着する「TAVI(経カテーテル的大動脈弁留置術-Transcatheter Aortic Valve Implantation)」と呼ばれる方法です。

※アメリカでは「TAVR(Transcatheter Aortic Valve Replacement)」と呼ばれています。日本でも「TAVR」と用いられることがあります。

[TAVIとは]


写真はEdwards社のSapien 3です。photo by KONPAS

TAVIはフランスのルーアン大学で2002年に1例目が行われてから、ヨーロッパ、北米を中心に、すでに10万人以上の患者さんに行われています。

日本でも2010年から保険診療の承認に向けての臨床治験が行われ、2013年10月からTAVIが保険償還となり、いろいろの医療機関で実施されるようになりました。

日本においては、TAVI関連学会協議会(日本循環器学会、日本心血管インターベンション治療学会、日本胸部外科学会、日本心臓血管外科学会の4学会から構成)により、TAVIを安全かつ有効に運用させることを目的に、実施施設基準を満たし、「ハートチーム体制」の整った医療機関のみTAVIを行うことが認められます。

ハートチーム体制とは、もともと「ヨーロッパ心臓病学会、ヨーロッパ心臓外科学会」などが共同で提唱したもので、1人の患者さんに対して、循環器内科医・心臓血管外科医・麻酔科医・看護師・検査技師・放射線技師など多職種で構成されたチームを組んで、各科が連携して治療にあたることが可能な体制をいいます。

TAVI治療前には入念な検査が行われます。この検査結果の評価はハートチームが行います。ハートチームが適応と判断し、許可が出てからの手術実施となります。

TAVIは全身麻酔、局所麻酔のいずれかで行われます。医療機関によって異なります。一般的には、治療中になんらかの重篤な合併症が起きるケースを考慮して全身麻酔が適応されます。全身麻酔が難しい身体の状態の場合には、局所麻酔下で行います。


photo byKONPAS

手術は、開胸することなく、カテーテルを用いて行われます。カテーテルの挿入部位は、足の付け根の動脈から行う「経大腿アプローチ」と肋骨の間を小さく切開し心臓の心尖部(先端)から行う「経心尖アプローチ」があります(他にも「経鎖骨下動脈アプローチ」、「直接大動脈アプローチ」があります)。

足の付け根の動脈から行う場合に、血管が細い、血管が大きく蛇行しているなどの理由でカテーテルの挿入が難しい場合に「経心尖アプローチ」を行います。


術者が持っているのがシースです。photo by US Army Africa

アプローチする部分から、シース(機器を出し入れする管)を挿入し、治療用ガイドワイヤーを大動脈弁へ通過させた後に、カテーテル人工弁を大動脈弁まですすめ、大動脈弁にカテーテル人工弁を圧着、留置します。

[TAVIの利点は]

カテーテルを用いるTAVIの利点は、大動脈弁置換術と比較すると、以下のようにあげられます。

・大動脈弁置換術が適応外の患者の人工弁を用いた手術が可能。

・TVRIは開胸手術ではないでので、胸部を切開することなく、身体への負担が少ない。

・出血量、輸血量が少なく、麻酔時間、手術時間が短い。

・術後も、身体へのダメージが大幅に軽減されているので、リハビリの開始も早い。

・体への負担が少なく、入院期間も短くて済む場合が多い。

 

人工心肺アプローチ方法身体の負担治療時間入院日数
大動脈弁置換術必要開胸5h前後約14日
経心尖アプローチ不要肋間5h前後約7~14日
経大腿アプローチ不要大腿動脈2h前後約7日

※治療時間と入院日数は施設によって異なります。

[TAVIの適応にならないケースは?]

身体に負担が少ないTAVIですが、TAVIの適応にならないケースもあります。

・人工透析を受けている(欧米では実施されていますが、予後がよくありません)。

・大動脈弁が二尖弁。

・重度の心不全、呼吸不全がある。

・余命1年以上を期待できない末期の悪性疾患に罹患している。

・活動性のある感染症がある。

・心臓内に腫瘍、血栓、贅腫(細菌の塊)がある。

・胸郭や心臓周囲の問題があり、カテーテルの挿入が出来ない。

・TAVI治療の理解ができない(症状が進んだ認知症患者など)。

※施設によって異なります。

身体の状態が悪いために、TAVIが難しい場合には、まず、BAV(バルーン大動脈弁形成術)を行うことで、状態が安定してからTAVIを行う方法や全身状態が大きく改善した場合には、大動脈弁置換術を行う方法もあります。

[TAVIのリスクは?]

どのような手術にもリスクは伴います。特に、TAVIは、高齢な患者、重症な患者が対象となり、合併症(約15%)が出ることがあります。

また、人工弁の留置がうまくできない場合、重篤な合併症が起きた場合、途中で外科手術へ移行する場合があります。

 ・カテーテル刺入部位などからの出血。

・血管や心臓の破裂、出血。

・腎不全(造影剤を使用するため腎臓に負担をかけます)。

・心筋梗塞、心不全、完全房室ブロック、心タンポナーデ、冠動脈閉塞。

・感染(創部感染、肺炎、感染性心内膜炎など)。

・脳梗塞。

・不整脈。

・人工弁の脇漏れ、人工弁の落下、人工弁の破損(大動脈弁置換術は糸で人工弁を縫い付けるので、TAVIは人工弁の確実性に劣ります)。

・TAVIは新しい治療法なので、長期的な安全性と有効性についてはまだ十分に検証ができていません。このため、若い年齢層の場合には、TAVIの選択がは回避されます。

当初は合併症の発生率は高いものでしたが、カテーテル人工弁の改良、経験の蓄積により、年々、治療成績は上がっています。術後30日間の死亡率は約1~2%です(海外では3%~10%)。日本では、海外に比べると治癒成績が優れています。

[TAVIの今後は]

日本では、大動脈弁狭窄症の患者数は、年々、増えています。特に、原因として加齢による弁の変性が多いと言われています。高齢化が進む中、決して、他人ごとではない病気です。

TAVIは、まだまだ、新しい治療法ですが、急速な拡がりをみせています。今後は、カテーテル人工弁の更なる改良、術式の進歩、TAVIの適応範囲の拡大がされていくでしょう。実際に手術不適合とされる人工透析患者、二尖弁患者の治療は試験的に開始されています。

長期的な安全性と有効性が検証されれば、外科的な手法である「大動脈弁置換術」に代わるスタンダードな治療法として確立されていく事が大きく期待されています。

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました