重粒子線治療と歯科診療

■はじめに

悪性腫瘍の治療の3本柱は、『外科手術』『化学療法』『放射線治療』です。


写真はイメージです。 photo by  photo AC

外科手術とは、病巣をその周囲の安全域とともに切除して取り除く治療です。化学療法とは、抗がん剤を使って、悪性腫瘍を縮小させる治療です。放射線治療とは、放射線を悪性腫瘍に照射する治療法です。

このうち、悪性腫瘍の完治を望めるのは、外科手術と放射線治療です。放射線治療では、患者さんのうける負担が、外科手術と化学療法と比べて、高齢者でもうけることの出来るやさしい治療法であると考えられています。

近年、新しい放射線治療が開発され、従来型の放射線治療では難しかった悪性腫瘍の治療に効果を発揮しています。

その新しい放射線治療のひとつに重粒子線治療があります。

重粒子線治療についてまとめてみました。

 

■重粒子線治療ってなに?

重粒子線治療とは、炭素線という放射線を使った放射線治療のひとつです。重粒子とは、ヘリウムよりも重い原子の原子核ビームをいいます。炭素・ネオン・シリコンなどいくつかあります。日本では20年以上にわたり炭素線を使って重粒子線治療が行なわれてきたので、重粒子線といえば炭素線を指します。

重粒子線治療は、悪性腫瘍の治療に使われます。炭素の原子核を光速の70%にまで加速させ、悪性腫瘍に照射します。重粒子線は、従来型の放射線治療と比べて、もっているエネルギー量が大きく、効果的に悪性腫瘍を攻撃することが出来ます。


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■重粒子線治療のメリット

○線量の集中性

従来から行なわれてきたエックス線やガンマ線による放射線治療と比べて、悪性腫瘍に集中して照射することが出来ます。そのため後述するように照射回数を減らせることにつながります。

 

○悪性腫瘍の殺傷効果

従来型の放射線治療よりも数倍高いとされています。特に深いところにできた悪性腫瘍には、従来型の放射線治療では届きにくかったのですが、重粒子線治療では十分届かせることができます。

重粒子線治療だけでの悪性腫瘍の根治も、早期に治療出来れば夢ではありません。痛みを伴わず、社会復帰までの期間を短くすることができます

 

○放射線治療抵抗性悪性腫瘍に対する効果

従来型の放射線治療では効果がなかった悪性腫瘍にも効果があります。

 

○照射回数と期間

放射線の照射回数を減らし、治療期間を短縮化できます。一部の悪性腫瘍の場合では、照射回数を1〜2回ですませることができます。なお、平均照射回数は12回となっていて、期間は約3週間です。


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○副作用が少ない

放射線を照射された物体がエネルギーを吸収する量を、吸収線量といいます。

従来から使われてきたエックス線やガンマ線の場合、皮膚表面での吸収線量が最も多く、身体の中を進むにつれて減少し、目的の悪性腫瘍には有効性が低いという性質がありました。

重粒子線治療で使われる炭素線は、エックス線やガンマ線と比べて、皮膚表面での吸収線量が少なく、しかも悪性腫瘍組織のところで吸収線量がピークになるという特性を持っています。このために、周囲の正常な組織を傷つけず、目標となる悪性腫瘍に効果的に照射することができるので副作用が少なくなります。

顎やお口の付近にできた悪性腫瘍に放射線治療をおこなうと、お口を開け閉めする筋肉が傷害され、開口障害をきたすことが多かったのですが、重粒子線治療ではそのリスクが低く抑えられます。

放射線焼けといわれる皮膚が黒ずむ副作用も少ないといわれています。

 

■歯科口腔外科領域の悪性腫瘍も重粒子線治療の適応となります。

歯科口腔外科領域に生じた悪性腫瘍はほぼ重粒子線治療の適応となります。あらかじめ、細胞を一部採取して、悪性腫瘍の種類に関する検査をします。

口腔外科領域に悪性腫瘍が発生した場合、口を開け閉めする筋肉の周囲に腫瘍が浸潤してくると、お口を開けることが難しくなることがあります。

そんな時、重粒子線治療を行なうと、悪性腫瘍が縮小して、難しかった開閉口が改善できることがあります。お口を開けやすくなるということは、食事やお口のケアをしやすくすることにも繋がります。


写真はイメージです。 photo by photo AC

口腔外科領域の悪性腫瘍を切除すると、たとえば舌ガンの場合は舌がなくなります、顎骨中心性癌の場合は、顎の骨がなくなります。このように、お口に大きな欠損が生まれます。

欠損部に対して再建治療がおこなわれますが、この欠損は、食事や会話など日常生活に大きな支障として立ちふさがります。

一方、重粒子線治療であれば、欠損が生じるリスクを抑えることが可能です。重粒子線治療には、治療後の患者さんの生活の質を保つことが期待出来るのです。

 

■重粒子線治療を受けるなら歯科治療も必要です。

○正確な診断を期すために

重粒子線治療を行なうためには、治療計画の立案が欠かせません。治療計画を立てるために、重粒子線治療ではCTやMRIなどの画像診断が必要です。CTやMRIからの情報をもとに、コンピュータで計算します。

お口の中に金属製の被せものがあると、CTやMRIを撮影する際に、アーチファクトとよばれる画像の乱れが生じてしまいます。この乱れは、コンピュータが正しい計算をする妨げとなります。

そのために、CTやMRIを撮影する前に、お口の中から金属製の被せものなどをあらかじめ取り除いておかなければなりません。

どの被せものを外すかは、重粒子線治療を行なう場所によっても異なります。

 

○急性期障害の予防のために

重粒子線治療による治療の際に、口内炎が生じることがあります。治療を始めてからおおむね7〜10日で生じることが多いです。


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口内炎が生じると、接触時の痛みから食事や会話が難しくなることもあります。口内炎を起こしている時に、細菌感染が起こると治りが悪くなります。口内炎が悪化するのを防ぐためには、治療前から歯石やプラークを除去して、お口の中を清潔にしておく必要があります。

 

○晩期障害の予防のために

重粒子線治療治療が終わったあと、数年間は歯を抜くことができなくなります。放射線があたった顎にある歯を抜くと、放射線性顎骨壊死とよばれる状態を起こすことがあります。

顎骨壊死とは、歯を抜いたところから、顎の骨が腐ってくる現象です。顎骨壊死を起こした場合、現時点では有効な治療法が確立されていません。

顎骨壊死をおこなさないように、重粒子線の治療前に、抜かなければならない様な歯をあらかじめ抜き、治療終了後もお口の中を清潔に保つことが大切です。


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○歯科領域以外の副作用

その他、放射線が照射された刺激により咽頭炎や鼻炎も起こります。

咽頭炎を起こすと、喉の奥にただれが生じて、痛みを引き起こし、そのために飲み込みが難しくなることがあります。声がれや咳や痰もみられますが、放射線治療が終わってから2〜3週間ほどで自然に治ってきます。

放射線性中耳炎という副作用もあります。中耳とは、鼓膜から内側の部分で、空気の振動を伝えているところです。

この中耳と喉をつなぐ耳管というところが放射線の影響で狭くなり、空気の流れが悪くなることで、耳が塞がったような感じがするようになります。この状態が続くことで、中耳に水が溜まり、中耳炎を引き起こします。

眼球の水晶体が放射線を受けることで放射線性白内障を生じる可能性もあります。5グレイ以上の照射を受けると、視力の障害をきたすといわれています。

 

■まとめ

重粒子線治療は放射線治療の一種です。従来の放射線治療にくらべて、より短時間で、より効果的に効率的に治療をすることができると考えられています。

しかし、副作用が全くないわけではなく、重粒子線治療でも、従来の放射線治療と同じような口内炎や顎骨壊死、皮膚炎などを生じる可能性はあります。

また、治療の前後の歯科治療や重粒子線治療の副作用の一つである口内炎などをひどくさせないためにも、お口のケアをしっかりと受けておくことが大切です。

 

 

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