歯科医師とICLS 突然の心肺停止に対応するには

■ICLSってなに?

ICLSとは、Immediate Cardiac Life Supportの略です。日本救急医学会が主催している医療従事者のための心肺蘇生のためのトレーニングコースことです。

突然の心停止に遭遇した時に、最初の10分間に適切に対処するためのスキルを身につけることとチーム蘇生について学ぶことを目的に行われています。

ICLSの特徴は、講義はほとんど行われず、実技実習が中心であるところです。受講者は、数人のグループに分かれます。そして、グループごとにいろいろな状況を想定し、シミュレーション実習を1日繰り返します。


写真はイメージです。 photo by WIKIMEDIACOMMONS

■ICLSコースの内容

ICLSコースでは、突然の心停止に遭遇した時に、かけがえのない最初の10分間に適切な行動ができるよう、内容が定められています。

コースはまる1日かけて行われます。非常に過密なスケジュールなので、昼食抜きになることも珍しくありません。かなりハードです。

○蘇生の必要性の判断

蘇生が必要な状態かどうかを、瞬時に見極めなければなりません。逡巡することなく判断が下せるよう、ポイントを学びます。

○BLS(一次救命処置)の習得

素性が必要だと判断された場合に、直ちに行わなければならないBLSのスキルを身につけます。

○AED(自動体外式除細動器)の使用法

AEDを適切、かつ安全に操作できるよう、トレーニング機材を実際に使用して取り扱い方を習得します。

○心電図の波形の判断と、電気的除細動の使用法

これを学ぶところはモニターブースとよばれます。

ここでは心停止の時の4種類の波形の判読が出来るようにします。そして、電気的除細動、いわゆる電気ショックが必要な波形であった時に、安全にかつ確実に電気ショックが行えるようトレーニングします。

○気道確保の方法

気道確保のスキルを身に付けるところを、気道管理ブースと言います。

ここでは状況に応じた適切かつ確実な気道確保の方法を学びます。挿管実習もありますが、挿管ができることが目標とはされません。たとえ挿管できなくても、確実に気道確保ができるようにします。

○薬剤の選択

状況に応じ薬剤の選択について、学びます。

○シミュレーション

緊急事態を想定し、グループごとに様々なトレーニングを行います。医療従事者のライセンスを超えて、グループ内での役割は、常に交代して分担し合います。同じ人がずっとリーダーをするといった同じ役割を担い続けることはありません。医学生がリーダーになり、医師がその指示に元で蘇生を行ったり、看護師が薬剤の投与の指示を出すこともあります。

■ICLSの受講者について

あらゆる医療従事者が受講対象となります。医師や看護師に限りません。歯科医師や薬剤師、臨床検査技師、放射線技師、医歯薬系の学生もその対象となります。

しかし、医療従事者が対象ですので、一般の方は受講することはできません。


写真はイメージです。 photo by WIKIMEDIACOMMONS

■ICLS認定インストラクター

歯科医師も、ICLS認定インストラクターになることができます。

ICLS認定インストラクターになるためには、まずICLSコースを受講しなければなりません。

一度受講すれば、ICLSアシスタントインストラクターになれます。

ICLSアシスタントインストラクターとして、ICLSのBLS、モニター、気道管理の各コースで受講者を5年以内で1回以上指導します。

その上で、ICLS指導者養成ワークショップを受講し、指導法を身につけます。

そして、インストラクターとして参加したICLSコースのコースディレクターから推薦をもらえば、申請が可能となります。

ICLS認定インストラクターを取得する場合は、ICLSホームページ内からインストラクター申請を行います。

ICLSコース企画運営委員会の担当委員に認められれば、ICLS認定インストラクターになることができます。

 

■歯科で起こりうる頻度の高い救急病態

歯科外来で起こる可能性の高い、緊急性を要する病態を挙げてみました。

もし、呼吸停止やチアノーゼなどの血液の循環不全が考えられる症状を認めた場合は、一次救命措置(BLS)を直ちに行ない、ひきつづき二次救命措置(ICLS)を開始することが大切です。

もちろん緊急性を必要とするのは、ここに記載したものだけに限りません。どんな病態でも、急変時に適切に対処が出来るよう、普段から病態を理解し、対処法をトレーニングして身につけておくことが必要です。

 

○迷走神経反射

歯科外来での全身的偶発症で最も頻度が高く、全体の50%ほどを占めます。

局所麻酔の注射をした後によく起こります。

迷走神経反射は、不安や緊張感、恐怖感などの精神的なストレスや痛みが原因です。したがって、患者さんをリラックスさせて痛みを和らげた治療を行なうことが一番の予防策です。

迷走神経反射の症状は、脈拍の低下から心停止まで多岐にわたります。

軽症であれば、一過性の血圧低下や顔面蒼白、寒気を認めることが多く、経過観察で短時間で回復します。

一時的な意識消失や全身的な強ばりを起こすこともあります。

また、ショックを起こすこともあり、このショック状態を神経原性ショックとよびます。血圧の回復を軽症例のように自力で回復することが出来ません。

重症例では、突然の心停止をきたすことがあります。適切に対処出来れば予後は良いとされています。


写真はイメージです。 photo by flickr

○過換気症候群

迷走神経反射の次に多い全身的偶発症で、10%弱を占めています。

不安感や緊張、恐怖などの精神的ストレスが原因とされています。痛みや不安感を取り除くことが過換気症候群の予防になります。

過換気症候群を起こすと呼吸の回数や深さが増加します。これにより血液中の二酸化炭素が減少します。これが過換気症候群の症状を引き起こします。

血液中の二酸化炭素が減少することで、脳の血管が収縮し血液量が減少します。すると、息苦しさ、呼吸困難感、悪心を感じることがあります。

また、手足の痺れ感や強ばりを生じたり、動悸や脈拍数の増加、胸の苦しさを訴える場合もあります。

意識が遠のくことによる死の恐怖感を感じることもあります。

過換気症候群を起こした時には、軽症の場合は息をこらえることが有効です。

 

○アナフィラキシーショック

アナフィラキシーショックは、健康な人に突然起こり、短時間で心停止を起こす可能性がある生命にとって危機的な状態のことです。

その原因は、異物や刺激に対して身体が過剰なアレルギー反応を示すこととされています。

アナフィラキシーショックの症状は、胸の不快感やかゆみ、不安感などの精神症状、痺れ感などから始まります。そして蕁麻疹やむくみが生じます。そして重症化していきますと、窒息感や呼吸困難、気道の閉塞、呼吸停止、血圧低下などを起こすなど致命的な症状につながっていきます。

通常、アレルギー源となるものと接触してから、数分から1時間以内に起こります。発症までの時間が短いものほど重症化しやすいです。

 

○局所麻酔薬の中毒

現在使われている局所麻酔薬は、安全性がとても高いものです。しかし、副作用が全くないわけではありません。特に局所麻酔薬による中毒が現れるリスクは無視出来ません。

局所麻酔薬による中毒の症状は、軽いものであれば悪心や嘔吐、顔面蒼白、冷汗ですが、全身に及ぶ痙攣や意識消失、呼吸停止、心停止などの重症な症状もあります。

このうち、全身痙攣は局所麻酔薬の中毒の特徴的な症状のひとつとされています。

局所麻酔薬による中毒は、局所麻酔薬を血管に直接注射したりすることで血液中の濃度が急激に上がると起こるとされています。

したがって、局所麻酔薬の中毒予防には、血管内への局所麻酔薬の直接注入や適量以上の大量使用をさけることが大切です。

 

■歯科医師であることの問題点


写真はイメージです。 photo by pixabay

ICLSコースには、医師や看護師と同じく歯科医師も参加できます。インストラクターにもなれますし、条件さえクリアできれば日本救急医学会認定ICLSインストラクターとして認められます。

しかし、現実には歯科医師というライセンスの限界が立ちはだかります。これは看護師や臨床検査技師など他の医療従事者も同じです。すなわち、もしICLSコースにあるような心肺停止の状態に遭遇した時、歯科医師のライセンスでどこまでの処置が許されるのかという点です。

法律上、一次救命処置からAED、気道確保までは認められます。けれども、電気的除細動やアドレナリンの投与は、法律上認められるのでしょうか。歯科医師が医療行為を行えるのは、歯やお口の病気に限られます。緊急避難として除細動やアドレナリンの投与を行うことは可能でしょうが、その場合は全て歯科医師の自己責任において行うことになるというのが、歯科医師会の見解です。

看護師も医師の指示なく、気道確保や電気的除細動、薬剤投与はできません。

今後、こうした点が改善されることがより多くの命を助けることに繋がっていくことでしょう。

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