はじめに
エナメル上皮腫とは、なかなか聞き慣れない病気です。病名に『腫』とつくことから腫瘍性病変のひとつであることがわかります。
あまり耳にすることのないのですが実は、歯原性腫瘍(しげんせいしゅよう)とよばれる歯に由来する腫瘍性病変の中で最も多いのが、このエナメル上皮腫です。
エナメル上皮腫とはどのような病気で、その症状はどういったものなのか、そしてどんな治療が行なわれるのでしょうか?
エナメル上皮腫についてまとめてみました。
エナメル上皮腫ってなに?
エナメル上皮腫は、顎骨に発生する代表的な良性腫瘍のひとつです。まれですが、中には1%ほどの確率で悪性のタイプのものもあります。
たとえ良性であっても再発を繰り返すことがあるのが、エナメル上皮腫の特徴です。
歯の元となるものを歯胚(しはい)といいます。乳歯も永久歯も、顎骨の中にあった歯胚から生まれてきます。歯胚の中にエナメル器というところがあり、エナメル器が元となって腫瘍化することで生じます。エナメル器は、エナメル質の形成を行うほか、象牙質の形成にも関与しています。
エナメル上皮腫の歴史は古く、19世紀に最初の報告がされ、英国歯科医師会においてameloblastoma(アメロブラストーマ)という腫瘍名がつけられました。
アメリカではadamantoblastoma(アダマントブラストーマ)とよばれていましたが、1951年に英国と同じくameloblastomaとよばれるように変わりました。エナメル上皮腫はこの日本語訳です。
ところで、エナメルを訳すると琺瑯(ほうろう)といいます。年配の歯科医師の中にはエナメル上皮腫ではなく、琺瑯上皮腫(ほうろうじょうひしゅ)とよぶ歯科医師もいます。呼び方は異なりますが、どちらも同じです。
30歳代によく発症するといわれていますが、10代後半の発症例も報告されています。
男女間では発生頻度に差はさほどありませんが、男性の方がわずかに多くなっています。
下顎骨によく発生する傾向があり、エナメル上皮腫の80〜90%は下顎骨に生じています。下顎骨の中でも大臼歯部という後方の奥歯に発生する頻度が高く、下顎骨に発生したエナメル上皮腫の70〜80%を占めます。
この傾向は上顎骨も同じで、上下顎ともに大臼歯部が多く前歯部に生じることは稀です。
エナメル上皮腫の症状
顎骨に現れる症状
エナメル上皮腫に痛みなどの日常生活に支障をきたすような自覚症状はありません。エナメル上皮腫の症状のひとつは、痛みを伴わない顎骨の腫れです。
エナメル上皮腫は数年かけて徐々に大きくなってきます。大きくなると、顔が左右非対称になることもあります。この期間、炎症を起こしたり、細菌感染を生じたりしない限り、痛みを感じることはありません。
エナメル上皮腫の拡大により顎骨の厚みが薄くなってくると、羊皮紙様感という触診すると骨がぺこぺこするような感じが生じます。
エナメル上皮腫は、それ自体が大きくなってきても、悪性腫瘍のように潰瘍を形成することはまれです。ところが、お口の粘膜を破るほど大きくなったケースでは、咬み合わせている歯が当たるようになると潰瘍が生じます。
上顎骨に発生したエナメル上皮腫の場合は、上顎洞という鼻の横、上顎骨の上、眼の下にある骨の空洞に広がってくることもあります。
歯に現れる症状
腫瘍の成長に伴って、歯がおされて移動することで歯並びが変化したり、噛み合わせに違和感が生じたりと、歯に症状が現れます。
また、歯槽骨とよばれる歯を支えている骨が吸収されると、歯を支えきれなくなり、歯にグラグラと動揺が生じます。歯槽骨にまで影響が表れるようになると、歯肉が炎症を起こしてくることもあり、その場合は歯茎からの出血が起こります。
エナメル上皮腫のレントゲン所見
エナメル上皮腫は、自覚症状が乏しいため、歯科でのむし歯治療や歯周病治療のためにレントゲン写真を撮影して、偶然発見されることも珍しくありません。
顎骨のレントゲン所見
顎骨の中に、多房性、まれに単房性の骨の吸収像を認めます。腫瘍と正常組織の境界は明確ではっきりとしています。
多房性とは、腫瘍内部がレントゲン写真上、壁で区切られたようにうつってくるものをいいます。多房性のことを石けんの泡状、蜂巣状(ほうそうじょう)という表現で表すこともあります。
一方、単房性とは、腫瘍の内部に区切られたところがなく、ひとつの大きな腫瘍性病変としてレントゲン写真にうつってくるタイプの腫瘍のことです。
多房性を示す際に生じる壁のことを隔壁とよんでいますが、この隔壁も非常に明瞭にレントゲン写真にうつし出されます。
歯根のレントゲン所見
エナメル上皮腫により歯根が吸収されることがあります。
歯根吸収とは、腫瘍性病変や外傷などにより歯根が短くなってしまうことです。歯根吸収が起きても痛みが生じることはほとんどありません。レントゲン写真を撮影するまで気がつかないことも多いです。
エナメル上皮腫の約半数に歯根吸収が認められます。一方、エナメル上皮腫があっても歯根吸収が起きないこともあり、エナメル上皮腫のうち5%強は腫瘍内に歯根が突出しているといわれています。
エナメル上皮腫の直上にある歯の歯根に見られる特徴的な歯根吸収があり、それをナイフカットとよんでいます。これは、歯根の先がナイフでスパット切られた様な感じに吸収されている様にレントゲン写真上にうつってくる特徴のことです。
エナメル上皮腫の治療法
エナメル上皮腫の治療法は手術により摘出することが第一選択です。
摘出術は、保存的外科療法と根治的外科療法にわけられます。
保存的外科療法
保存的外科療法としては、開窓療法(かいそうりょうほう)が行なわれます。
開窓療法とは、骨の吸収が最も進んでいるところ、つまり骨の厚みが最も薄くなっているところに穴をあけて、そこから可及的に病変を取り除く方法です。可及的に除去した後は、穴を塞がずガーゼを詰めたりします。ガーゼを定期的に交換し、腫瘍が縮小するのを期待します。
開窓療法と摘出術を組合せ、腫瘍を縮小させた上で摘出する反復処置法という方法が選ばれることもあります。
開窓療法では腫瘍をすべて摘出するわけではありません。再拡大する可能性も否定出来ません。したがって保存的外科療法は治療法の第一選択とはなりえず、この方法が適応されるのは、成長発育途上の顎骨に発症した場合や、女性などで手術後の顔貌の変化を気にする場合などに限られます。
保存的外科療法が行なわれた場合は、術後長期間にわたりレントゲン写真を撮影するなどして定期的に経過を追っていかなければなりません。
根治的外科療法
根治的外科療法では、エナメル上皮腫の全摘出術と顎骨の切除術が行なわれます。
顎骨の切除範囲は、エナメル上皮腫の大きさによって変わります。歯の周辺に留まっている様な小さいものであれば、下顎骨の縁を残す辺縁切除というごく一部ですみます。
そうでない場合は、顎骨区域切除が適応されます。区域切除では、縁を残さず腫瘍部分で顎骨を切り離します。更に大きくなれば、顎骨を半分取り除く半側切除の適応も考慮されます。
顎骨の区域切除や半側切除が行なわれた場合、顎骨は大きく欠損することとなり、顔貌が変化してしまいますし、噛めなくなるので食事も難しくなります。そこで、骨移植を行なって失われた部分を補います。
骨移植には腸骨が最良といわれています。腸骨移植を行なう時には、顎骨の形態を保ったり、顔面の外観を改善させたりするだけでなく、移植後に入れ歯治療やインプラント治療が行ないやすいようデザインされます。
下顎骨の奥歯の下方には下顎神経とよばれる下唇や顎先の感覚を司る神経が走行しています。下顎骨を切除すると、同時にこの下顎神経も切除されてしまいます。そうなると、下唇や顎先の感覚が痺れてしまいますので、しびれを改善させる目的で、神経移植術が行なわれることがあります。
まとめ
エナメル上皮腫は、歯に由来する良性腫瘍のひとつです。しかし1%ほどの確率で、悪性のタイプのものも生じます。
エナメル上皮腫を生じても、痛みを感じることがほとんどありません。そのために、痛みを伴わない顎の腫れや歯の移動やグラツキが主な症状です。痛みがないので、レントゲン写真で偶然発見されることも珍しくありません。
治療法は、外科手術による摘出が第一選択です。
原則的には根治的外科療法が行なわれます。根治的外科療法では腫瘍の摘出だけでなく、その周囲の顎骨も一緒に切除します。顎骨の切除に際しては、同時に骨移植などを行い、失われた顎骨を補うようにします。
この方法は、侵襲が大きいので、顎骨の成長発育段階における発症例や、術後の顔貌の変化を特に気にする様な症例の場合は、保存的外科療法が選ばれます。
保存的外科療法では腫瘍の全摘出や顎骨の切除は行なわれません。開窓療法が行なわれます。開窓療法では、腫瘍の再発や再拡大を起こす可能性があり、長期的に手術後の経過を追っていくことが必要とされます。
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