歯科医療と遠隔診療 地球の裏側の患者さんの治療ができるようになる?

■はじめに

いままで医療は、医師と患者さんが直接対面して行なわれるものでしたが、近年デジタル技術の進歩による情報通信機器の発展が、間接的に対面して医療を行なうことを可能にしました。

遠隔診療は、医科の世界から始まってきましたが、歯科医療にも遠隔診療が導入されようとしています。歯科医療と遠隔診療について、まとめてみました。

 

■遠隔診療ってなに?

遠隔診療とは、医師や歯科医師が患者さんから離れたところで、インターネットの情報通信機器を利用して通信により行なわれる医療のことです。

日本では、昭和46年に和歌山県内の山間部でのへき地医療のモデルとして行なわれたものが始まりです。

通信に寄って診察が行なわれ、医師や歯科医師が患者さんに直接触れることはできないため、処置をすることは出来ません。しかしながら、診察はできるので、医師が不足している離島やへき地などでの活用が期待されています。

 

■遠隔診療の可否

原則的に医師や歯科医師は、患者さんと対面して診療を行なうことが求められています。これは、医師法第20条や歯科医師法第20条に抵触するからです。厚生労働省が原則禁止としてきた理由はここにあります。

ところが、平成27年8月10日に厚生労働省から新しい通達が発布され、事実上解禁されることになりました。


写真はイメージです。 photo by WIKIMEDIACOMMONS

今も厚生労働省は、診療は医師と患者さんが直接対面して行なわれることが基本であるという姿勢は崩してはいません。しかし、直接対面するのと同じくらいに患者さんの状態を把握するための情報が得られるならば、遠隔診療が法律違反にあたらないという解釈をつけたのです。

今までは、遠隔診療が認められるケースを表に示し、それ以外を認めないとしてきました。これも解釈の変更に応じて変更し、あくまでも例示であるという判断に変わりました。

表にない疾患であっても遠隔診療の対象とできるようになったので、歯科にも遠隔診療の道が開かれたのです。

 

○医師法第20条とは

医師法とは、医師の職務や資格に関して規定されている法律です。

その第20条には、医師が自ら診察しないで治療をしたり、診断書を書いたりすること、処方箋を交付することをしてはならないと規定されています。また、自らが立ち会わなかった出産に関する出生証明書や死産証書を交付すること、自らが行なわなかった死体検案書も交付してはならないことも記されています。

 

○歯科医師法第20条とは

歯科医師法とは、歯科医師の職務や資格に関して規定されている法律です。

その第20条に、医師法と同じく、自ら診察していない治療や診断書、処方箋の交付をしてはならない旨の規定が記されています。


写真はイメージです。 photo by Pixabay

これら第20条は、無診察治療の禁止として知られている条文です。”自ら”というところが、直接対面して診察することを要求されていると解釈されてきたのでした。

 

■医科で広がる遠隔診療

新しい通知がなされたことを受け、医科の分野ではインターネットでの診療・投薬に続々と新しいサービス事業の参入が起こっています。

遠隔診療を行なうためのサービスを展開する企業に提携する医療機関の医師が、テレビ電話、電子メールやSNSのメッセージ機能を使って、診察を行なうのです。診察の結果、必要に応じてその医療機関が薬剤を処方し、患者さんの自宅まで郵送する様なサービスです。忙しいビジネスマンなどの需要を狙ったサービスです。

それだけでなく、企業と提携しなくても、自院だけで遠隔診療を展開する医療機関も生まれてきました。

 

■歯科と遠隔診療

医科の世界での遠隔診療の広がりに比べると、歯科でのそれの広がりはまだまだの様子です。これは、第一に歯科医療が基本的に外科治療に分類される治療であるという特性が大きく影響していると思われます。

例えば内科のように、薬を処方するだけという診療が少なく、むし歯を削って詰める、歯石を取って歯周病を治すといった処置が中心の医療だからです。

そんな歯科にも遠隔診療の波が押し寄せてきています。ここにその一例を紹介します。

 

○画像診断の遠隔診療

医科では、患者さんのレントゲン写真や血液検査の結果などのデータを使って、医師と医師との間でおこなう遠隔診療が行なわれています。遠隔診療は、医師と患者さんとの間だけで成立するものではないのです。医師と医師との間で行なう遠隔診療もあるのです。

画像診断の遠隔診療は、大学病院と歯科診療所の間で行なわれます。歯科診療所で撮影されたレントゲン写真やCT画像のデータを大学病院に送信し、読影を依頼します。

大学病院では専門医が送られてきた画像を読影し、その結果を歯科診療所に返信します。


写真はイメージです。 photo by MaxPixel

歯科診療所の歯科医師が判断に迷っても、いきなり患者さんを大学病院に送る必要がなくなります。本当に必要な患者さんだけを紹介することが出来ます。

患者さんにとっては、忙しい時間を割いて大学病院に行く必要がなくなります。大学病院にとっても本当に大学病院でなければならない患者さんを効率よく診察することが出来るようになり、双方に大きなメリットがあります。

 

○矯正歯科治療の遠隔相談

矯正歯科治療を受けるかどうかを相談するための遠隔診療です。

携帯電話やIP電話を通じてのテレビ電話や、メール、SNSなどいろいろな方法が考えられています。

矯正治療を受けるかどうかの相談を、遠隔相談とすることで、学校や仕事の時間を割くことなく、矯正歯科治療の相談をすることが出来るようになります。遠方に住んでいる方も気軽に相談をすることが出来ます。

その結果、矯正歯科治療を受けようと決意した場合だけ、矯正歯科医院を受診すればよくなります。

矯正歯科医院は、相談だけの場合は無料で行なっているところも多いです。矯正歯科医は、矯正歯科治療をするかどうかの相談の時間を、他の患者さんの治療に振り分けることが出来るようになります。矯正歯科医には、診療の効率化という恩恵があります。

 

○矯正歯科治療の遠隔診療

矯正歯科治療は、数年かかることも珍しくありません。その治療の間は、月に数回の通院が必要となることもあります。

ところが、学校や仕事の関係で、なかなか受診する機会を作るのが難しいという人も多いです。

そこで、矯正歯科治療に遠隔診療を導入することが考えられています。もちろん、矯正装置を歯につけたり、調整したりすることを遠隔診療でおこなうことは出来ません。

携帯電話やIP電話のテレビ電話を利用して、お口の状態や矯正装置の状態を矯正歯科医に伝えるようにします。電話で伝える程度なら、たとえ忙しくても、直接来院するよりも格段にハードルは低くなります。

矯正歯科医は、送られた映像を元に、患者さんに問診をおこないます。その結果、矯正装置の調整の必要性がなければ、来院日を先送りにするといった使い方が考えられています。

調整の必要がない患者さんは来院の負担を軽くなる上、矯正歯科医院側も診療の効率が改善出来る利点が生まれます。

 

○顎関節症の遠隔診療

国内の大学病院を中心に、『大学病院と歯科診療所間』、『大学病院と患者さん間』の2つの系統での顎関節症の遠隔診療の実証実験が行なわれています。

前者では双方が専用のインターネットサイトを通じて、後者ではスカイプに代表されるIP電話、携帯電話のテレビ電話機能などを利用して、運用が行なわれるケースが多いです。


顎関節 photo by WIKIMEDIACOMMONS

顎関節症の場合は、お口の開け閉めしたときの痛み、関節の雑音、お口が開けにくくなるといった症状が大半です。このような症状であれば、遠隔診療は十分可能です。

しかし顎関節症はあらかじめ、レントゲン写真を撮影し、顎の関節部分の骨の状態を診断する必要があります。初診の段階から全てを遠隔診療でおこなうことは出来ないのです。

顎関節症の治療で多用されるマウスピースもまた、遠隔診療で作ることは望めません。

顎関節症での遠隔診療は、投薬などで改善出来る症例の再診に限られるといえるでしょう。

 

■歯科での遠隔診療の課題

歯科医療は外科医療であると同時に、審美性も要求されます。

たとえば、前歯にむし歯が出来て、大きな穴が開いた状態のままでいるというのは、見た目がよくありません。奥歯がなくなると、頬が落ち込んで老けた感じになってしまいます。このように歯の状態は、顔つきにとても影響してくるのです。

歯をきれいに治すためには、その形だけでなく、色調も正確に再現するということが大切になってきます。遠隔診療で被せものの色など色調に関わる診療をする場合は、色調補正のためのプログラムを統一しておかなければならないでしょう。

色調を含め、画像を正確に出力するために、ディスプレーの性能も確保しておかなければなりません。テレビ電話で遠隔診療を行なう場合は、webカメラの解像度も色調や形を再現するために、一定の性能が必要となります。

遠隔診療では、通信速度も大切です。インターネットの場合はアップロードよりもダウンロードの速度の方が重要視される傾向がありますが、医療用ではそのどちらも重要となります。光ファイバーを利用したインターネット回線が最適でしょう。

情報漏洩のリスクもありますので、セキュリティの確保も忘れてはなりません。

 

■将来の歯科遠隔診療


写真はイメージです。 photo by Army Medicine

医療の世界にもロボットが導入されるようになりつつあります。現在行なわれているロボットの用途は、手術です。ロボットを使って外科手術を行なうというものです。アメリカ製のda vinci(ダビンチ)というロボットが有名です。

ダビンチによる内視鏡下手術は、先進医療として国内の大学病院などで胃がん・咽頭がん・直腸がんといったがん治療を中心に行なわれています。

今のところは、ロボット手術は遠隔診療に使われてはいません。ですが、米軍では戦地の野戦病院に設置されたロボットを本国の医師が遠隔操作するシステムを開発中です。完成すれば、地球の裏側の戦地でも、負傷兵に高度な外科手術を施せるようになるでしょう。まさに遠隔診療の究極の姿と言えます。

歯科医療でのロボット手術は行なわれていませんが、将来歯科治療用ロボットが開発されることは、十分考えられます。歯科治療用ロボットに遠隔操作することを可能にする技術が組み合わされれば、遠隔診療で歯科治療が可能になります。

将来、治療用ロボットを設置するだけで、遠隔診療で日本中のどこにいても専門医師によるあらゆる高度な歯科治療や手術を受けることが、夢ではなくなるかもしれません。

コメント

タイトルとURLをコピーしました