歯科治療での麻酔について 医療との違いに触れながら

■はじめに

歯科治療は、外科治療の一種に分類される医療です。

外科治療のひとつに数えられるので、その治療には痛みを伴うことが多いです。しかし、ヒトは強い痛みを感じると疼痛性ショックとよばれる意識消失状態に陥ることがあります。したがって、安全に治療を受けるためには、治療に伴う痛みを適切に取り除く必要があります。

痛みを取り除く時に使われるのが麻酔です。歯科治療の時にも麻酔はかかせません。歯科の麻酔についてまとめてみました。


写真はイメージです。 photo by WIKIMEDIACOMMONS

 

■医科と歯科との麻酔注射の違い

内科や外科で麻酔の注射を受ける時は、プラスチック製の注射器で注射をします。注射器に注射針をつけて、注射薬を薬瓶から吸い込み、注射器に注射薬を満たしたのち、空気を除去して、注射します。注射が終わったら、そのまま全て廃棄します。

しかし、歯科の麻酔のときの注射は少し異なります。

歯科の麻酔薬は、カートリッジとよばれるガラスで出来た鉛筆ほどの直径の筒に入っています。これを金属製の注射器に装着したのち、注射針をつけて注射します。注射が終わった後は、注射器からカートリッジと注射針を取り外します。注射器は滅菌して再利用します。カートリッジと注射針は使い捨てます。

歯茎に局所麻酔の注射をする時、とても大きな力をかけないと麻酔液が入っていきにくい場合があります。プラスチック製の注射器だと壊れてしまうこともあります。しかし、力をかけすぎると却って、歯茎を傷つけてしまうこともあります。ガラス製のカートリッジになっているのは、一定の圧力が加わるとガラスが破損するようにしているからです。こうして、過大な圧力が歯茎に加わらないようにしています。

歯科の麻酔の注射器が独特なのは、このような理由に基づいているのです。


歯科麻酔 photo by  vimeo

■歯科での局所麻酔ってどんな方法があるの?

歯科で行なわれる局所麻酔の方法は、表面麻酔法・浸潤麻酔法・伝達麻酔法の3種類あります。

○表面麻酔法

塗るだけの麻酔のなので非常に簡便なのですが、歯茎の表面の感覚しか麻痺しません。後述する注射の麻酔の際の痛みを軽くするのが目的です。

表面麻酔に使われる麻酔薬には、液体タイプやジェルタイプ、スプレータイプがあります。

 

○浸潤麻酔法

局所麻酔薬を注射することで、麻酔薬が注入されたところと、その麻酔薬がしみ出した(浸潤した)ところの感覚を麻痺させる麻酔法です。歯科治療で最も多用される麻酔法です。

浸潤麻酔法は、注射をしてから数分で効いてきます。麻酔の持続時間は、おおむね2~3時間といわれていますが、5~6時間効いていることもあります。

浸潤麻酔法は、麻酔の注射を行なう部位によって傍骨膜注射法・骨膜下注射法・骨内浸潤麻酔法・歯根膜内注射法の4種類にわけられます。

・傍骨膜注射法

最も良く行なわれる浸潤麻酔法です。骨の表面にある骨膜の外側に麻酔液を注入します。

・骨膜下注射法

骨膜の内側に麻酔薬を注入します。傍骨膜注射法よりも効果が高いのですが、骨膜の中に麻酔薬を注入するとき、力をかけなければなりません。そのために注射の時の痛みが強くなります。

・骨内浸潤麻酔法

歯槽骨という歯を支えている骨の内側に注射針を刺して、直接局所麻酔薬を送り込む麻酔法です。とても麻酔の効果が高いのですが、骨の中に注射針を入れなければなりません。

そのために、骨を削って穴をあけたりする必要があります。

・歯根膜内注射法

歯と歯槽骨の間にある歯根膜という薄い靭帯の様なところに、麻酔薬を注入する麻酔法です。これも効果は高いです。歯根膜内注射法では歯と歯茎の隙間の歯周ポケットというところから注射します。そのために、歯の周囲にある細菌や汚れまで、注射液と一緒に入り込んでしまうことがあるのがデメリットです。

 

○伝達麻酔法

歯茎や歯に届いている神経は、神経の端にあたります。浸潤麻酔ではこの神経の端を麻痺させる麻酔法です。一方、伝達麻酔法では、さらに神経の奥の部分に麻酔薬を浸透させます。神経の奥の部分を麻痺させることで、広い範囲を麻痺させることが出来ます。

麻酔の効果は高いのですが、効いてくるまでに20~30分ほどかかります。麻酔の持続時間は5~6時間ほどなので、とても長い時間効果を維持出来ます。

代表的な伝達麻酔法は、下顎孔という脳からでてきた神経が下顎骨に入る孔のところに麻酔薬を注入する下顎孔麻酔法という方法です。


赤い点が下顎孔 photo by WIKIMEDIACOMMONS

■局所麻酔が効きにくいときや場所ってあるの?

残念ながら局所麻酔は、いつでも効果を発揮してくれるというわけではありません。麻酔が効きにくいときもあれば、効きにくい場所もあります。

○腫れている時

局所麻酔薬は、アルカリ性です。歯周病や親知らずの炎症などで歯茎が腫れると、そこの性質は酸性に傾きます。すると、麻酔薬のアルカリ性が、中和されてしまいます。そのために麻酔が効きにくくなります。

歯茎が腫れたり、噛んだりした時にとても痛いときがあります。すぐにでも麻酔の注射をして処置してほしいと思うものですが、麻酔はまず効きません。辛くても麻酔の効きを良くするために、まずは薬で炎症の緩和を図りましょう。

 

○下顎の奥歯

下顎の骨は、特に奥歯のあたりは、密度が高く局所麻酔薬がしみ込みにくい構造をしています。しかも、歯の根も骨の表面から離れているので麻酔薬が届きにくくなっています。そのために、下顎の奥歯の麻酔は効きにくいことがあります。

一方、上顎の場合は、骨に空洞が多いので麻酔薬が浸透しやすくなっており、局所麻酔が効きやすいという性質があります。

 

■麻酔の副作用はあるの?

局所麻酔薬も薬剤ですから、副作用はあります。しかし、歯科で使われる局所麻酔薬は濃度が低く抑えられています。計算上は10本くらい注射しても大丈夫なほどです。

しかも、注射している局所麻酔薬がすべて歯茎に入り込んでいるわけではありません。歯科で局所麻酔を経験したことがある方ならわかると思いますが、麻酔の最中苦い味を味わったことありませんか。あの味は実は、局所麻酔薬の味なのです。つまり、漏れているのです。

したがって、歯茎に注入されている麻酔薬の量はもっと少ないわけです。この点からも、たくさん注射しているようで、実はそれほど出来ていないことがわかってもらえると思います。ですから、多少多く注射されたと思っても、心配することはありません。

 

■妊娠中や授乳中も麻酔をしても大丈夫?

○妊婦さんの場合

歯科治療で使われる局所麻酔薬は、安全性が高く動物実験では異常は認められません。

薬剤が、胎児に移行するためには、血液胎盤関門を通り抜けなければなりません。血液胎盤関門とは、母親の血液中に含まれる有害物質が胎児に入り込まないように塞き止める役割を果たしているところです。

局所麻酔薬は血液胎盤関門を通過することは出来ます。しかし、歯科の局所麻酔で使われる程度の量であれば、血液中に流れ出す量も少ないです。ほとんどは麻酔をしたところで分解されてしまいます。

妊娠中であっても局所麻酔を受けることは十分可能です。

 

○授乳中の場合

身体の中に入った薬剤は、血液に浸透していき、やがて母乳にも移行します。これは、局所麻酔薬であっても同じです。

しかし、歯科治療で使う局所麻酔は、歯や歯茎といった限られた範囲でしか使われないため、血液中に大量に流れ込むということは考えられません。たとえ、血液中に入り込んだとしても、その量は限定的ですし、母乳に移行する時には更にその濃度は下がります。

授乳中であっても、歯科治療で局所麻酔を行なうことには問題ないと考えられています。


写真はイメージです。 photo by WIKIMEDIACOMMONS

■まとめ

歯科治療は、外科に分類される医療行為で、痛みを伴う治療が多いという特徴があります。仮に、痛みを除かずに治療をすれば、ショックを起こすこともありますので、とても危険です。安全に歯科治療を行なうためには麻酔が欠かせません。

医科でも麻酔の注射は行なわれますが、歯科の場合は医科とは異なり、金属製の注射器でガラス製のカートリッジに入った注射液を使って麻酔を行ないます。これには、歯科での局所麻酔特有の事情が反映されています。

歯科治療で行なう麻酔では、局所麻酔を用いることが多いです。局所麻酔は、3種類ほどありますが、その中でも浸潤麻酔法という方法が最も良く使われています。

局所麻酔薬は、安全性も高く妊娠中でも授乳中でも使うことが可能です。局所麻酔をして、痛みを感じないようにして、安全に歯科治療を受けるようにしましょう。

 

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました