キスペプチン-性や生殖機能にかかわる不思議なペプチド


写真はイメージです。photo by doctor_mohandes

[キスペプチンって]

キスペプチンという、いかにも意味ありげな名前をお聞きになったことはあるでしょうか?。

キスペプチンは脳の視床下部内で作られる神経ペプチドで、今世紀になって発見され、注目を浴びているペプチドの一つです。

神経ペプチドは脳内の神経細胞から産生される細胞間の神経伝達物で、全身でホルモンとして作用する物質のことです。

キスペプチンは思春期の発現、女性ホルモン、性行動などに影響していると言われています。

[キスペプチンの発見]

キスペプチンの発見について、意味ありげな名前の由来も含めて触れてみます。

1996年にペンシルバニア大学のグループが癌抑制能を持つ遺伝子を発見し、大学の所在地にあるハーシー社の「キスチョコレート」からKiss1遺伝子と名づけられました。

2001年に日本人の研究チームが胎盤からがん抑制物質を発見して、「メタスチン」と命名しました。

2003年に大人になっても性成熟に達しない場合、メタスチン及びその受容遺伝子に突然変異が発見されたことがきっかけで、メタスチンに生殖腺刺激ホルモンの強い分泌促進作用があり、思春期の開始に重要であることが報告されました。

さらに、メスタチンがKiss1遺伝子の産物である神経ペプチドであることが判明。Kiss1遺伝子(First Kiss)という名前からキスペプチンとよばれるようなりました。

このキスペプチンについては、いろいろな研究がされています。代表的な研究成果をみていきましょう(それぞれの項目で使用されている用語については、それぞれの項目の最後に簡単な説明をしています)。

[キスペプチンと思春期、女性ホルモン]

思春期はGnRH分泌細胞の活性化によって始まります。キスペプチンとGnRHとの関係が解明されています。

仕組みとしては、視床下部から分泌されたGnRHにより脳下垂体から生殖腺刺激ホルモン(LH,FSH)が分泌され、生殖腺刺激ホルモンにより生殖腺から性ステロイドホルモンが分泌されます。この性ステロイド濃度情報をGnRH分泌細胞に仲介しているのがキスペプチンです。

思春期早発症(第2次性徴が異常に早く発生する病気)の患者ではキスペプチンが高濃度で検出されることが報告されています。キスペプチンが思春期の発現への関与することを示しています。

この仕組みは女性ホルモンの分泌についても関係があり、キスペプチンが女性ホルモンのひとつであるエストロゲン(卵巣ホルモン)フィードバック作用と深く関連していることがわかりました。

女性の卵巣で卵胞が育つとエストラジオールが分泌されます。卵胞が育ってくるとエストラジオールの濃度が高くなり、GnRHの分泌を抑制します(ネガティブ・フィードバック)。

卵胞が育つとエストラジオールの濃度がますます高くなり、排卵の時期になると、GnRHを爆発的に分泌させます(ポジティブ・フィードバック)。

このフィードバック作用を仲介しているのがキスペプチンです。エストラジオールの濃度に応じて、エストロゲンが視床下部に情報を送り、GnRHの分泌を調節していますが、この伝達を行うのがキスペプチンです。

このことから、キスペプチンが思春期や性周期の異常などの病気の診断や治療などに役立つことが期待されています。

GnRH

ゴナドトロピンホルモン放出ホルモン(生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン)。LHとFSHを分泌させるペプチドホルモンです。

LH

黄体形成ホルモン。性腺からの性ステロイドホルモンの産生を刺激するホルモンです。

FSH

卵胞刺激ホルモン。生殖細胞(精子、卵子)の成熟を刺激するホルモンです。

性ステロイドホルモン

男性ではテストステロンなど、女性ではエストロゲンなどのホルモン。第二次性徴において思春期を発現させ、精子、卵胞の成熟、妊娠の成立・維持を担います。

エストラジオール

エストロゲンは、エストロゲン、エストロン、エストリオールの3つの主成分からなっています。エストロゲンの中でエストラジオールの含有率が一番高く、中心的な役割を果たしています。卵巣を正常に機能させる働きがあります。

卵胞

卵巣内にあり、卵子が入っている袋状の組織のことです。卵胞が成長して大きくなり、受精に必要な卵子として子宮内へと送り出されます(排卵)。

[キスペプチンと体外受精]

イギリスの研究家チームが「The Journal of Clinical Investigation誌」にキスペプチンの不妊治療について報告しています。

キスペプチンを体外受精(IVF)を望む18歳から34歳までの53人の女性に排卵の誘発を目的に注射しました。着目すべき点として注射回数は1回です。

その結果、受精が51名(96.2%)、着床が49名(92.5%)、出産が12人(22.6%)でした。従来の方法(方法によりますが出産率は約7%~23%程度)と比較しますと同じもしくは高い成功率です。

また、現在の不妊治療には、問題点がいくつかあり、その中でも、排卵誘発剤HCGによる副作用です。

HCGは卵巣へ直接作用します。そのために、卵巣内の卵胞が過剰に刺激され、卵巣が腫れてしまう卵巣過剰刺激症候群という病気を誘発します。症状として、腹痛、腰痛、吐き気、尿量の減少、体重増加、重症になると腹水や胸水といった重い症状が現れる場合もあります。体外受精治療を受けている女性のうち約10%が深刻な症状に悩まされていると言われています。

その点、卵巣に直接働きかけないキスペプチンは、このような副作用のリスクが少ないのではないかと考えられています。

キスペプチンを用いた治療法が確立され、女性の体にかかる負担を減らし、体外受精の成功率を高めることが期待されます。

HCG

ヒト絨毛性ゴナドトロピンと呼ばれるホルモン。受精した卵子が着床して胎盤機能が作られると分泌され、安定した妊娠を維持するための重要なホルモンものです。

[キスペプチンと性的興奮]

ロンドンのインペリアルカレッジなどの研究チームが「The Journal of Clinical Investigation誌」にキスペプチンと性衝動について「Kisspeptin modulates sexuall and emotional brain processing in human(キスペプチンは人間の性的感情のプロセスに関わる)」という論文を発表しました。

この論文は、キスペプチンが性欲や性衝動にも関連し、コントロールをしているのではないかという仮説に基づいたものです。

この研究では、ボランティアの異性愛を持つ29名の男性を対象に行われました。キスペプチンを投与するグループとプラセボ(偽薬)するグループに分け、機能性MRIを用いて調査されました。

被験者にいろいろな写真を見せ(刺激的な性的写真、抱擁するカップルの写真、性的ではない楽しい写真、ネガティブな写真など)、機能性MRIで脳内を確認します。

キスペプチンを投与されたグループは、刺激的な性的な写真、抱擁するカップルの写真を見せられると脳領域の活動が強く増強されました。いっぽうで、まったく性的でない写真を見ても反応は起こりませんでした。

また、興奮が高まると言っても被験者が自覚するほどではなく、機能性MRIで初めて把握できました。また、ネガティブなイメージ画像を見せると、キスペプチンの投与で前頭葉が興奮しており、ネガティブな感情が減少、抑制される傾向にあったことも示されました。

キスペプチンが性的興奮に関わっているのは間違いないのですが、抱擁するカップルの写真も同じようにみられたことから、精神的な男女の結びつきを求める感情に関わっているとも推察されています。

このことから、キスペプチンが性や恋愛に関連する脳の活性を高め、ネガティブな気分を抑えることから、新たな不妊治療、夫婦間の性機能障害、うつ病などの治療にも利用できる可能性を提起したものになっています。

機能性MRI

MRIを用いて、脳内の血流が変化を捉え、脳のどの領域が活動しているかについて、リアルタイムで映像化することができる検査方法です。

[未知数なキスペプチン]

トピック的にキスペプチンについてみてきましたが、具体的なメカニズムが十分に解明されているわけではありません。

キスペプチンの役割が、人間の根本にかかわる性や生殖機能に関わっており、生殖腺刺激ホルモンの分泌のバランスをとる作用や思春期の成長に大きな役割を果たす重要なものであるでしょう。また、当初、がん抑制物質とされたことも忘れてはなりません。

今後、研究が進み、解明が進めみますと、生殖内分泌学において、更に、重要な位置をしめ、他の分野への転用も期待されます。

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