今、もっとも脚光を浴びている糖鎖とは 基礎研究から臨床応用へ


写真はイメージです。 photo by Windell Oskay

[糖鎖は第4の医療革命]

人間は約60兆個の細胞できています。その細胞のひとつひとつの表面は産毛のような「糖鎖」と呼ばれているものに覆われています。

1つの細胞に約500から10万本の糖鎖があります。この糖鎖によって細胞同士は繋がっていて、細胞同志の情報交換を行っています。そこから、糖鎖は「細胞のアンテナ」と言われています。

この糖鎖の研究が始まったのは1960年代です。この頃は糖鎖の役割について、ほとんど解明されていませんでした。1980年代に入ってから、生化学の分野としての研究が進み始め、1990年に学会で報告されたことで、大変な注目を浴び始めました。

糖鎖は、「ペニシリン」、「ワクチン」、「遺伝子」と並んで医学界における「第4の医療革命」と呼ばれるようになります。

この糖鎖が十分に満たされ、正常に働くことで人間の生命の健康を維持しています。逆に言えば、糖鎖が不足し、異常になることで、さまざまな病気の根源となり、老化にも関連していることがさまざまな研究によって明らかになっています。

[糖鎖の構造は?]

糖鎖は、その名前の通りに糖類(単糖)からできた鎖状のものです。単糖は約200種類存在しますが、糖鎖を構成しているのは、グルコース、ガラクトース、マンノース、フコースなど8種類になります。

糖鎖は、8種類の単糖が数個~数百個以上に枝分かれしながら連なった複雑な組み合わせで出来ています。グルコースは炭水化物、ガラクトースは乳製品などから必要量を摂取可能ですが、その他の糖鎖は、食物からほとんど摂取できません。

その為、グルコースやガラクトースを元にして、さまざまな酵素、ビタミン、ミネラルを使用しながら、肝臓で6種類の糖鎖を作っています。この糖鎖を作る作業は、大変、複雑な工程です。肝臓の機能が弱っていると、充分な量の糖鎖が作れません。

糖鎖は、生体内では、たんぱく質や脂質と結合した複合糖質としてのみ存在します。結合することによって安定した構造を持ち、その作用が発揮できます。複合糖質は3種類あります。

糖たんぱく質

糖たんぱく質は、唯一細胞とつながっている糖鎖です。細胞の表面でアンテナのような重要な役割を担っています。

糖脂質

エネルギーの供給や細胞同士を認識する役割をしていま

プロテオグリカン

皮膚や軟骨などの構成物質として存在しています。

[糖鎖の動きと役割は?] 

糖鎖がどのような動きと役割をしているのでしょうか。

糖鎖には、「身体を守る」、「身体を正常に戻す」、「身体のバランスを保つ」という、大きく分けて、三つの働きをしています。

糖鎖はそのために、細胞同士のネットワークを張り巡らせ、コミュニケーションを円滑に行い、免疫系・内分泌系・神経系を連携させています。このことから、糖鎖は、身体の恒常性を維持していると言えます。

◇糖鎖は細胞の結合、分化、成長、活性化、老化といったさまざまな現象に関わっています。

◇糖鎖で細胞同士は繋がっており、アンテナのような働きを持っています。その働きで、隣接する細胞間における情報の受け渡しを行い、すべての細胞のネットワークを築いています。

◇糖鎖の先端が触れることによって、近づいてきた異物や栄養素なども感知する機能があり、さまざまな情報を細胞内に取り込みます。

◇受け渡された情報をもとに、必要で適切な対処をとるように、さまざまな細胞へ働きかけます。

◇細菌やウイルスなどの異物を感知すると、免疫系に働きかけ、身体を守る働きをさせます。

◇栄養素などについては、必要な物質は体内に蓄積し、不必要な物質は体外に排除します。

◇何らかの原因で身体が傷ついたときに、糖鎖は自己修復機能(治癒させる機能)を働かせます。

◇糖鎖はホルモンの受容体としての役割も担っています。必要なホルモン情報も、糖鎖のアンテナが取り入れています。

◇外部からのストレスを防御するために、神経細胞やホルモンバランスを正常に保つのも糖鎖の働きです。

◇糖鎖は活性酸素やストレスのような外的要因に最初に被害を受けます。逆に、糖鎖は体内で生産されるもっとも強力な抗酸化物質グルタチオンの生産増加、減少抑制をしています。

これらの糖鎖に異常がおきると、身体のバランスを維持できなくなり、さまざまな病気(先天性の病気も含みます)を引き起こします。糖鎖の異常により引き起こされる考えられる病気は、数えきれないといってもいいでしょう。

この糖鎖が存在しないとどうなるでしょうか。もちろん、生体としては成り立つことはできません。

最も原始的な多細胞生物である海綿も糖鎖によって細胞同士が繋がっていることが観察されています。大阪大学が行った実験では、マウスに糖鎖を働かせないように遺伝子操作したところ、1ヵ月後に死亡したという実験結果が報告されています。

糖鎖は、人間にとって、重要な形の役割も持っています。その役割は多様性に富んでいます。その為、非常に注目を浴びており、さまざまな研究が行われています。すべてを紹介することはできませんが、いろいろな観点から糖鎖の働きをみていきましょう。

[糖鎖の働き-脳]

人間の脳は、数千億個の神経細胞が神経回路にて情報を処理しています。この情報の伝達には、神経細胞のみでは、速やかな情報伝達ができません。

この橋渡しをするのが髄鞘と言われているものです。この髄鞘を作るのに糖鎖が必要です。従って、糖鎖の不足や異常な増加が脳にさまざまな影響を及ぼすことが分かってきています。

大阪大学の研究チームは「50年前の子供と現代の子供とでは糖鎖の数が半減している」という研究結果をしています。糖鎖異常が原因で引き起こす体や心への影響は数多いだろうと予想されます。また、キレる子供は糖鎖の数が少ないという報告もあります。

アルツハイマー病の原因は、アミロイドβ(Aβ)と呼ばれるペプチドが脳に蓄積することに原因あると考えられていましたが、そのメカニズムについては解明されていませんでした。

しかし、脳に豊富に存在するバイセクト糖鎖がアルツハイマー病患者の脳で量が増えていることが解明されました。この結果から、バイセクト糖鎖を作る酵素に対する阻害剤がアルツハイマー病治療薬となる可能性が示唆されました。

ポリシアル酸などの脳に特異的に発現するような糖鎖が脱髄(髄鞘の障害)を制御していることも解明されています。脱髄が原因で引き起こされる病気(多発性硬化症、ギランバレー症候群など)のメカニズムの解明が期待されています。

[糖鎖の働き-アレルギー]

免疫機能では、体内に進入してきた異物に糖鎖の先端が触れることで、それが何者かを識別します。異物と認めると攻撃命令をだし、マクロファージ、NK細胞、キラーT細胞などの免疫細胞が攻撃します。これも糖鎖のネットワークを通して行われます。異物を排除した後には攻撃中止命令を出します。

この攻撃中止命令が、正しく働かないとリウマチ・アレルギー・アトピーなどの自己免疫疾患につながります。今まで、なぜ、免疫細胞が異常な攻撃をするメカニズムは解明されていませんでした。

最近では、糖鎖の異常でうまく機能しないとも考えられています。情報交換が充分に行われないことで、免疫細胞が勝手な行動をしてしまっている可能性が考えられています。

例えば、多くの人を悩ませる「花粉症」は糖鎖が、正常であれば過剰反応は起こさないのではないかと言われています。同じ地域に住んでいても、花粉症を発症する人としない人がいます。花粉症になる方が増えていますが、原因は、身体の中の糖鎖のバランスが崩れた影響かもしれません。

[糖鎖の動き-筋ジストロフィー症]

糖鎖は、身体中の細胞に存在しています。筋肉も例外ではありません。筋細胞で糖鎖が正常に機能しないとさまざまな障害を引き起こすことも解明されてきています。

筋ジストロフィー症の一種のMEB病(サンタヴォリ病-筋肉、眼、脳に異常を引き起こす)の原因遺伝子を発見され、この遺伝子は「糖転移酵素」と呼ばれる酵素を作り出し、この酵素はさらに糖鎖を作り出します。

この遺伝子に異常があると、筋細胞の細胞膜などにある糖鎖が出来ないために糖タンパク質がうまく機能しなくなり、それによって筋肉の細胞が死んだり、性質が変わったりします。この発見は、発症メカニズムの一部が解明されたことで、筋ジストロフィー症という難病の治療法の足掛かりとなると期待されています。

[糖鎖の働き-慢性閉塞性肺疾患]

肺の病気である慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、肺胞が破壊される肺気腫(肺胞の破壊)や慢性気管支炎の総称です(世界で死亡原因の4位)。

COPDにかかると、気道が狭くなって呼吸が苦しくなり、ウイルスや細菌感染によって症状が悪化して死亡率が高くなります。根本的な治療薬なく、対症療法が中心で、強い炎症を抑えるために使われるステロイド薬による副作用も問題になっています。このCOPDと糖鎖の関連も明らかになっています。

COPDの原因のひとつされる喫煙によって、COPDの発症が早まるメカニズムも解明されています。喫煙により、コアフコース糖鎖の合成が阻害されることで肺胞壁が破壊され、COPDの発症が早まることが報告されています。

COPDを抑える糖鎖も発見されています。COPDは喫煙によって肺に起こる変化をマウスで調べたところ、ケラタン硫酸と呼ばれる糖鎖が減少することがわかりました。ケラタン硫酸の一部であるL4と呼ばれる二糖をCOPDモデルマウスに投与したところ、肺気腫化が抑えられました。

さらに、COPDの急性悪化モデルマウスにL4を投与したところ、ステロイド薬と同程度の抗炎症効果を持つことを確認できています。今後、そのメカニズムをさらに明らかにし、治療法がないと言われるCOPDの新しい治療薬の開発が期待できます。

[糖鎖の働き-生殖と不妊]

卵子の表面は卵子を保護する「卵黄膜」があります。受精するためには、精子は卵黄膜表面にある独特な糖鎖と鍵のように結合することで卵黄膜を突破します。

受精した瞬間に卵子の「卵黄膜」は、一瞬にして変化し、他の精子は受精できなくなります。それでは、卵黄膜をとりさった卵子に精子をかけたらどうなるでしょうか。受精することはありません。糖鎖との結合ができないからです。受精した卵子の着床にも、子宮内膜内の糖鎖と受精卵の糖鎖が一致しないと着床できなと報告されています。

不妊の原因はいろいろとありますが、糖鎖が正常に働かない状態では受精できません。不妊症の原因の30%以上は、糖鎖異常とも言われています。

この糖鎖異常については、男性側の精子にも同じことが言えます。糖鎖が少ないと、精子が不活発や奇形になり、受精に影響を与えることもわかっています。

現在、臨床で、不妊症の治療として、糖鎖栄養素を取り入れることが行われています。

[糖鎖の働き-がん]

糖鎖とがんとの関係については、さまざまな研究がすすめられています。また、がん化した細胞は糖鎖の構造が変化することがわかっています。がん化する部位の細胞ごとに特定の糖鎖ができるので、糖鎖は腫瘍マーカーとして利用されています。

例えば、すい臓がガン化すると「CA19-9(シアリルルイスA)」という糖鎖が多く発生します。このCA19-9は、腫瘍マーカーとして使用されています。他のがんの腫瘍マーカーの多くも糖鎖を見ています。

糖鎖は、がんの性質にもかかわることがわかっています。転移しやすい悪性のがんでは、「悪玉」の糖鎖が出現します。この悪玉糖鎖の性質に、がん細胞が病巣で密集しにくくなり、ガン細胞同士が離れやすくなる、血管を新生させる機能をあると言われています。

その結果、がん細胞が、血流に流れだし、悪玉糖鎖はやっかいなことに血管壁にくっつきやすい性質も持っています。血管壁についたがん細胞は、血管壁をやぶり、別の組織の中に侵入します。これが、がん転移の仕組みになります。

この転移しやすいがんの糖鎖の形を変えれば、転移しにくくなることになります。マウスを使った実験では、悪玉糖鎖に糖鎖を一つ追加して、糖鎖の性質を変えると、病巣でがん細胞どうしが結合しやすくなり、血流に流れだすことも少なくなります。また、血管壁にくっつきにくくなり、ほかの組織に侵入することが少なくなるという報告がされています。

糖鎖とがんについては、もちろん、転移だけではなく、がん治療へ役立てるための研究も行われています。

難治性のがんに高率で発生する「ムチン型糖蛋白質ポドプラニン」というものがあります。「ムチン型糖蛋白質ポドプラニン」はがん細胞だけではなく、特定の正常細胞にも数多く存在するために、単純に、「ムチン型糖蛋白質ポドプラニン」を標的に攻撃する抗体医薬品を開発することはできませんでした。

ところが、がん細胞と正常細胞に同じ「ムチン型糖蛋白質ポドプラニン」では、その蛋白質の付いている糖鎖の種類、付加位置の違いがあることが判明しました。今までにはないペプチドと糖鎖の両方を同時に認識する抗体の研究がされています。

胃の粘液(表層粘液と腺粘液の2種類があります)の腺粘液のなかに「αG1cNAc」という糖を持つ糖鎖が糖たんぱく質として存在しています。この糖たんぱく質が胃がんの原因となるピロリ菌の増殖を抑えること、この糖たんぱく質が欠損しているとピロリ菌の感染がなくても、がんの発症があることがマウスを使用した実験で確認されています。この糖たんぱく質はピロリ菌の抑制だけではなく、胃の炎症を抑えているのです。

また、バレット食道(逆流性食道炎を繰り返すと胃に近い食道部分の細胞が変性する状態。がん化しやすい)においても「αGlcNAc」の発現低下がバレット腺癌発生の危険因子であると報告されています。

2例の研究結果をあげましたが、これ以外にも、さまざまながんと糖鎖の研究が進められています。がんと糖鎖の明確なメカニズムが解明されれば、がんの三大治療方法(手術、放射線、抗がん剤)以外の新しい治療法となります。すでに、臨床でも用いられ始めています。

[糖鎖の働き-ウイルス

ウイルスは細胞の糖鎖をターゲットにして細胞内への侵入、感染しようとします。ウイルスによってターゲットとなる糖鎖は異なりますが、糖鎖とウイルスが結合しなければ感染はおこりません。私たちを悩ませるインフルエンザウイルスで見ていきましょう。

インフルエンザウイルスは、ヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)とウイルスRNAからなっています。「HA」には15種類、「NA」には9種類あります。H5N1のようにしてインフルエンザウイルスの種類を表します。

インフルエンザウイルスは「HA」を使って細胞表面のシアル酸(糖鎖)と結合、「NA」を使ってシアル酸をばらばらにします。

ウイルスが細胞の外に出る時に感染した細胞の細胞膜をまとって外にでてきます。その際に「HA」とシアル酸が結合してしまい、次の細胞に移れなくなってしまいます。そのために「NA」で連鎖をばらばらにしています。

インフルエンザの治療薬である「タミフル」は、シアル酸に構造を似せて作られています。インフルエンザウイルスにタミフルのシアル酸を切らせることで、感染した細胞のシアル酸を切ることができずに増殖を抑えます。タミフルはウイルスを退治するする薬ではなく、増殖を抑える薬です。その為に、感染初期に飲むと効果があるのです。

現在では、感染の拡大をおさえるためにHAとNAの両方に結合し、その働きを押さえるという化合物も報告されています。この化合物の効果はウイルスの型に依存しないと言われています。もし治療薬になれば、どのような新型ウイルスにも対応できる可能性があります。

[糖鎖の働き-血液]

赤血球も糖鎖によって4種類に分かれます。基本のO型で、これにガラクトースがついた糖鎖を持つのがB型、Nアセチルガラクトサミンを持つ糖鎖を持つのがA型、AB型は両方の糖鎖がついています。

異なる血液型の血液を輸血するとどうなるでしょうか。異なる血液型が出会うと、糖鎖が異なるために、免疫機能が働き、相容れない存在として攻撃、分解して、バラバラにしてしまいます。バラバラにされた破片は、血管内で凝固され、一つの塊になってしまいます。

この血液型の連鎖の違いによって、感染のしやすさも関係している可能性もあるのではないかという報告もあります。例えば、O型の人のピロリ菌の感染率が高いということから、O型の糖鎖をピロリ菌はみているのではないかと言われています。

日本では、血液型占いが盛んですが、科学的根拠はありません。このように糖鎖をみていくと、なんらかの影響を与えているかもしれません。

[糖鎖の今後は]

糖鎖について、いくつか見てきましたが、糖鎖の動きのごくごく一部にすぎません。糖鎖は、私たちの身体中のすみずみまで、さまざまな影響を及ぼしています。この糖鎖の研究や臨床については、さまざまな研究機関、病院で行われています。発表された論文は、もの凄い数になります。

アメリカでは、すでに、がん治療などの臨床の場面で糖鎖が使用さています。また、日本でも不妊治療などで糖鎖を使用する病院も増えています。世界中で臨床に使用されている事例は数多くあります。また、サプリメントも販売されていますので、見かけ事がある方もいらっしゃると思います(サプリメントの効果についての言及はできません)。

しかし、糖鎖については氷山の一角が分かっているだけにすぎません。

糖鎖は、8種類の単糖ですが枝状に複雑に連結しており、その組み合わせだけでも膨大な数になります。この糖鎖配列の複雑性こそが研究、開発をはばむ最大の壁になっています。

全貌の解明には、まだまだ、時間がかかると思われます。しかし、この難題を克服すべく、糖鎖の解析技術の開発も日々進化しており、官民一体での研究体制、国際協力も推進されています。飛躍的な成果が期待されているといってもよいでしょう。

基本的な生命現象を解明する糸口にもつながる糖鎖研究が進むことにより、多様性を持ちつつも、基礎的なベースのしっかりした研究が進んでいくことが期待され、さらに、臨床にいかされていくことが期待されます。

最後に、私たちが、日常、出来ることはなんでしょうか。糖鎖が肝臓で生成されていることを先に述べましたが、肝臓を大事するような生活を送ることが心がける事ではないでしょうか。食生活、生活習慣、薬品、ストレスで、肝臓は充分な機能を果たす事ができなくなってしいます。そのためにも、私たちの生活を見直してみることも必要でしょう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました